ひゅ、て息を繰り返す。
はっ、はっ、はっ。
まるで犬みたいだ。
「君みたいな、やつ、に…こんな」
「良い気味だな折原臨也」
「ははっ」
ドロドロと垂れ流しの赤。
ぼやける視界で、思い浮かべたのは相変わらず何処かで、喧嘩をしてそうな彼の姿でさ。
こっちにとっちゃ気味が悪い。
「無様なもんだよな?顔も知らねー奴に殺される気分はどーよ」
「情報、屋…なめないで、くれないかなあ」
「ほう?知ってんのか」
がん。
どさ。
そんな音さえ拾えなくなって来た。
路地裏の地面に倒れる俺を、足でグリグリ踏み潰してくるのが腹立たしい。
だけど。
今はもうどーだっていい。
「生きたいか?生きてーなら、助けてくださいご主人様。て言ったら生かしてやんぜ?」
うるさい口。
むかつくな。
「なんだよ、ほら、言ってみ…」
「言うぐらいなら死んだほうがまし」
「っっ!ぐ、ぐああああ!?」
思いっきりナイフで、彼の持つ右腕を切りつけてやった。ついでに左腕も。これで筋肉動かないね。
はは、は、はははは。
渇いた笑い声。
はは、だっさい。
「…臨也?」
「あー、今日は最悪の日、だ」
路地裏から脱出。
かと思えば会いたくない人に遭遇。
運命ってのは本当に残酷だねえ。
「おい。手前ぇ…血が…」
「シズちゃん…もう、君でも、いいかな」
もういいや。いいよ。
「た、す……」
「臨也!!」
言いたい言葉が途中で途切れた。ついでに視界も途切れた。
落ちてく中で、聞こえたのは愛した人が必死に俺の名前を呼ぶ声だった。
俺とシズちゃんは恋人同士だった。
過去形なのはもうその関係が終わってしまったからだ。人類を愛していた俺が、特定の人を愛するなんてありはしなかったはずなのに、好きになった。
でも、シズちゃんといる度に何かに追い詰められて。本当に彼が好きだったのか曖昧にさえなるほど、彼への想いがわからなくなった。だから俺からフったのだ。「やっぱり君みたいな人と付き合えない」て。
言った自分が。
ひどく。
震えてたのを覚えている。
言って、
自分の家に帰って、
自分の椅子に座って、
膝立てて、
ひとりで泣いた。
馬鹿だな、て思いながら。俺になんか誰かを特定で愛することなんてできやしないと分かってたのに。
「ごめっ…ごめん。シズちゃ、ごめ、ん…」
好きでした、て片付けた感情。
垂れ流しの想いがまた君に届けば良いなんて、戻れない現実から逃避した。
ぱち、と目を開けると見慣れた天井がうつった。
(しん、ら…の家か)
俺、シズちゃんに助けられたのか。お腹の痛みを感じながら上半身だけ起こすと、タイミングよくドアが開かれた。
そこに立っていたのはシズちゃんで。
「…気付いたか」
「おかげさまで」
「そうか」
少し安堵したような顔をして、ベッドの隣にある椅子へ腰かけた。
「新羅はセルティと出掛けたぞ」
「…そう」
会話が続かない。いつもの俺なら、シズちゃんを怒らせるような嫌味のひとつやふたつ、言ってここから出るのに。
今日は弱ってるからきっと言葉が出ないんだ。
「臨也」
「な、なに」
「俺は認めない」
「…な、何、が」
「お前と別れること」
心臓が、跳ねた。
「何言ってんの」
「手前と別れるなんざ俺は認めねーって言ってんだ」
「しつこい男は嫌われるよ」
「俺は、手前ぇといた時間が嘘だとは思いたくねーんだ」
俺、といた時間。
付き合ってるときの時間。
嘘なんかじゃなかったさ。あの幸せの時間は嘘なんかじゃない。
ただ傍にいて、抱き合って、キスして。そのどれもが本気だった。…はずなのに。
「…俺は、本気の恋がしたことない。君への想いも偽物だったて、事だよ」
「臨也」
「ごめん、もう帰る」
「臨也!」
ベッドから降りようとした俺の腕を掴んで、シズちゃんは強く、離さないように握ってきた。
それが何だか涙を誘って。
あーあ、情けないや。
「はな、して…よ」
「じゃあ別れるとき、なんであんな悲しい顔してた」
「してない」
「してた。それに今だって顔合わして話ししねーし」
「そ、れは」
それは、君を見たらあの感覚を思い出してしまいそうだから。一緒にいて、すごく幸せだった、あの感覚を。
忘れようとしてきた。
シズちゃんと一緒にいた時間を。俺の中から抹消しようとした。
だけど、そう思うたびに君との時間を思い出して、泣く。
たどり着く言葉はいつも同じ。
『あいたい』
「シズちゃんは、まだ俺のことすき?」
「じゃなきゃ、ここまでしねーよ…」
「わかんない。俺、きちんと人を愛したことが無いから、君と別れたあとに毎回君に会いたいとおもう気持ちが」
「…臨也、そんなの簡単だろ」
ぐっ、と腕を手前にひくと俺はシズちゃんの身体の中にすっぽりと入ってく。
久々のシズちゃんの温もりに、耐えらんなくなった涙がこぼれた。
「本気で恋、してるからだろ」
あーあ、今日の俺、すごく情けない。
きっと。
あの時泣いたのも、
瀕死の時に君を思い出したのも、
全部全部まとめて君が好きだったから。
たぶんね。
俺らには互いに磁石がついててさ、
それでくっつく仕組みになってるんじゃないかな。たぶんね。
「もう別れるなんて言うなよ」
「さあ?」
「手前ぇころす!!」
そうそう。
きっとさ、
これを、人はこういうんだろう。
( 運命 ってさ )