男夢主×にこ
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 窓から射し込む夕日の茜が、カーテン越しに影を写しだす。
先程まで騒がしく動き回っていたちびっ子三人は、今はすやすやと寝息をたてて夢の中。
台所から包丁の規則正しいリズムが聞こえてくる。同時に鼻を刺激する香辛料の香り、どうやら今晩はカレーらしい。
ちびっ子達が風邪をひかないようにタオルケットを掛けて、音を立てずに台所へ足を運ぶ。
 初めに目に付くのは、赤いリボンで結ばれた漆黒のツインテール。
慣れた手つきで料理を作る後ろ姿を見ながら、彼女と結婚したらこんな感じなのかな、などという妄想が頭の中に浮かんでくる。
そもそもまだ恋人ですらないのに、随分と段階を踏み忘れている妄想だと我ながら呆れてしまう。
「にこさん、何か手伝いましょうか?」
「いいわよべつに。こころ達の面倒見て疲れたでしょ? 座ってなさい」
「はーい。じゃあお言葉に甘えて」
 素直に彼女の言う事を聞き、テーブルから椅子を引いて腰を落とす。
お茶でも飲む? 今日もご飯食べてくでしょ? そういった気遣いの言葉を彼女からもらう度、やはりこの人は年上なんだなと実感させられる。
 元々身長が周りの平均よりも低いし、顔立ちもやや幼い印象を受けるのも事実だ。
俺も初めて会った時に、本気で彼女の事を年下だと思っていたくらいなのだから。
そんな見た目とは反して、実は俺より二つ年上の高校三年生で、三人のちびっ子の面倒を見る立派なお姉ちゃん。
 普段スクールアイドルとして演じているキャラと比べ、まるで別人のように世話焼きで、優しい。
そんな見た目と中身のギャップに惹かれていると言われれば、嘘ではない。
ただ、ここで勘違いしてはいけないのは……彼女のこの優しさが、自分だけに向けられているわけではないと言う事だ。
「あ、せっかくだから希も呼ぼうかしら、あの子もどうせ一人だろうし」
「にこさんこの前も同じ事言ってましたよ? 心配なんすね、希さんの事」
「希が自分の心配をしないからよ。せめてにこが気にかけてあげないとねぇ〜、ほらにこってぇ、そういう人を放っておけない天使だからぁ」
 くるりと振り返ったかと思えば、可愛く見せるつもりなのか謎のぶりっ子ポーズでこちらを見てくる。
ぶっちゃけ即席でキャラを作ったというのが明らかなので「あー、はいはい」と適当に返事をして流しておく。
 こちらの態度にムッとした表情を浮かべる今の彼女の方がずっと可愛いなんて、そう思ってしまうのはおかしいだろうか。
「そんな事言わなくっても、にこさんが優しい事、俺はちゃんと知ってますよ?」
「……ま、まぁ、当然よね! 皆のアイドルにこにーがここまで親切にしてるんだもの。にこの優しさに感謝しなさい」
「そりゃ、めちゃくちゃ感謝してますよ。……出来ることならその優しさを俺だけにくれないかって、いつも思います」
 思わず漏れた本音。言った事に後悔はない。
ぶつけた本音に、彼女は一瞬だけ驚いた顔を見せて、それからほんの少し、困った顔を浮かべて……そして、優しい笑顔を向けてくれた。
 この笑顔を、俺は知っている。この先に告げられる言葉も、知っている。
「にこにーはね、皆のものなの。にこにーの優しさだってそうなの。アンタ一人だけにはあげられないわ」
 予想通りの返事に落胆や悲愴はなかった。
寧ろ彼女の言葉からはっきりと伝えてくれて、気持ちが楽になる。
多分、そんなこちらの想いに彼女は気付いている。
気付いているからこそ、自分の想いを口に出してくれるのだろう。
 だから、好きになる。駄目だとわかっていながら、想いが強まってしまうのだ。
「まぁ、世界どころか宇宙一のアイドルであるにこにーの優しさを独り占めにしたい気持ちは、よーくわかるけどねぇ」
「あ、それは違います」
「はぁあっ!?」
「俺が独占したいのは、宇宙一のアイドルにこにーじゃなくて、矢澤にこさんって女の子なんで」
 思いっきりいい笑顔で答えでみせた。
俺が思いを馳せる彼女は、今や誰もが知る人気のスクールアイドルではなくて、同じマンションに住むお隣さんのお姉ちゃんだから。
 アイドルとしての優しさが欲しいわけじゃない、ただの女の子である彼女だという事が重要なのだ。
勿論、彼女の優しさだけを求めているわけではない。独占してしまいたいのは、他でもない、彼女自身。
「……生意気」
 彼女の手が目の前に伸びてきたかと思えば、綺麗な指が俺の額を弾いた。じんわりと痛みが額に集中してくる。
そんな俺の痛みに気付いてくれない彼女は「そんなんで、このにこのハートを奪えると思ったら大間違いよ!」と言い放ち、こちらに背を向けて料理を再開してしまった。
 俺の正直な想いを全部話した所で、当然ながら彼女の答えは変わらない。
わかってはいたものの、実質二度も想いを拒否されるのは、なかなか辛いものである。
「アンタのカレーは肉無しの人参まみれだからね」
「そりゃないっすよにこさーん、優しさください」
「知らなーい」
 無慈悲な返答にちょっと泣きそうになった。
でも本当は、彼女の照れ隠し。
後ろからでも耳が赤いのがよくわかる。意外とストレートな告白の方がいいのかも? なんてちょっと調子のいい事を思う。
 今しがた見事に振られたというのに、残念ながら俺に諦めるなんて考えはない。
彼女の優しさも、彼女自身も、いつか独り占めする事はできるのだろうか。
いつか叶うかもしれない、叶わないかもしれない望みを胸に抱き、彼女の作る夕飯の香りを肺に満たす。そんな、夕暮れ。

(嗚呼、好きなんですよ。貴女が)

終。


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