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セピア

「わ、懐かしい」
本棚の整理をしていたクリフトが、不意に声を上げる。くるりと振り返った彼の手元に、『信仰と祈り』の文字が見えた。自分には一生縁の無さそうな題名のそれは、読み込まれたせいか、角の部分が擦れて色が薄れている。懐かしいも何も、お前の本だろ。そう思っていたのだが、よくよく見てみればクリフトの視線は本から少しずれていた。
「見てくださいよ、これ」
手招きされて、ソファから立ち上がる。肩越しに覗き込むと、古い写真が一枚、こちらに向けられた。受け取ってみると、見知った姿と目が合う。四角い平面の中で屈託なく笑うアリーナは、初めて会った時よりも幼かった。
「お守り代わりにしてたんです」
「隣に本人がいるのに?」
「だって、ご利益ありそうじゃないですか?」
「……まあ、確かに」
メタル系に対して破竹の勢いで会心の一撃を叩き出していたアリーナを脳裏に思い描いて、小さく噴き出す。分厚い本を閉じて棚に差し戻しながら、「でしょう?」と返したクリフトもどこか可笑しそうだった。
「俺も、お守りにしようかな」
「何をです?」
「お前の写真」
面食らったような顔をしたクリフトに、「怪我とか早く治りそうじゃねえ?」と言えば、暫くして小刻みに体が震えだす。笑っているのだと気付くまでに、そう時間はかからなかった。目尻に滲んだ涙を指で拭う姿に、時間差で恥ずかしさが襲ってくる。そんなに笑う事でもないだろ。睨んでみたところで堪えた様子はない。
「写真より、本体のがご利益ありますよ」
からかうような口調で告げて、再び本棚に向かう。口の端から漏れている笑い声はまだ収まりそうになかった。
色褪せた写真の中で、アリーナは、相変わらず満面の笑みを浮かべている。




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