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一生いちゃついてろバカップルが

とある恋愛小説に端を発したやり取りが、最近町で流行しているのだという。
内容は、満月の日に異性に花を贈る。ただそれだけ。

ふらりとどこかへ行ったかと思えば、花売りからバスケットごと買ったのではないかと思うほどの花を抱えて帰ってきた目の前の男は、聖印の結び方は忘れても、そう言った情報だけはしっかりと頭に入っているようだった。赤、ピンク、オレンジ、黄色。明るい色彩の山の中に、差し色のように、時折ライトブルーやホワイトが覗いている。色とりどりの花々が放つ甘い匂いが、空気と混ざり合って部屋を満たしていた。

「花屋でも開く気ですか?」

テーブルから落ちた花を拾い上げて、クリフトが呆れたように目を眇める。

「まさか」

頬杖をついたククールが、手の中でくるりと花を回した。その顔には薄い笑みが浮かんでいる。指先が動く度、鮮やかな赤が、薄いピンクが、はらはらと零れてはテーブルを染めた。もったいないですよ。非難めいた声を出すクリフトは、決して可哀想という表現を使わない。どうせ枯れるんだから一緒だろ、と返して、ククールは別の花を手に取った。それだって、わざわざ早めなくてもいいじゃないですか。ぽつりと呟かれた言葉が、彼に届いたのかは分からなかった。


「ちゃんと片付けといて下さいよ」

先程よりも散らかった部屋を見て、クリフトは溜息を吐く。代わりに吸い込んだ空気は甘ったるい。外の空気でも吸ってこようと踵を返した。
その時だった。無遠慮に掴まれた手首をそのまま後ろに引かれ、平衡感覚を失った体がよろめく。何とか持ち直して振り返ったクリフトが文句を言うより、ククールがその右手を取り上げる方が先だった。
女性にするような所作でクリフトの手をそっと支え、床に片膝をつく。手の甲に唇を落とされそうになった辺りで、クリフトは我に返って慌てて手を引いた。

「な、なに、」

上手く言葉が紡げないでいるクリフトを後目に、口づける相手を失って不自然なままの格好から平然と居直ってみせたククールが、くつくつと忍び笑いを漏らす。目の前が赤く染まるような感覚を味わいながら、どうせならその横っ面をひっぱたいて花でも咲かせてやればよかった、とクリフトは数秒前の自らの良識ある行動を悔やんだ。
そうしている間に、恭しい仕草で何かが差し出される。

「何の、つもりですか」

ひくりと頬の筋肉が痙攣するのを感じながら、クリフトは感情を殺した声で問いかけた。散々人を玩具にしておいて、これ以上何をするというのか。

「やるよ、お前に」

しれっとした顔で応えたククールは、滲ませた不快感を気にしたようすもない。

「……貴方が貰った花じゃないですか」

返事は無い。差し出されたのは、まだ蕾のままの真っ赤な薔薇だった。棘や切り口の処理は明らかに他の花とは違う、売り物のそれだったが、わざわざ買ったんですか、と聞く気には到底なれなかった。

「花を贈る相手は、異性でしょう」
「バレンタインと一緒だよ、本来の様式なんてとっくにどこかへ行ってる」

それだって、男が男に贈るものじゃないだろうが。ククールは、相変わらずにやにやと小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。どうも、クリフトが花を受け取るまで引く気がないらしい。ち、と口の中で舌打ちをして、クリフトは引ったくるように花を受け取った。花に罪はないから、と誰にともなく言い訳をして、せめて嫌味の一つでも言ってやろうと口を開く。ついでに満面の笑みも浮かべてやる。

「ありがとうございます、ククールさんだと思って大事にしますね」

今度はククールが顔を顰める番だった。引き攣った口元が微かに動く。かっわいくねえ、と呟いた声は、幸か不幸かクリフトには届かなかった。

手の中に収まった薔薇の表面を月明かりが滑る。枯れたら目の前で捨ててやると心に決めて、クリフトは固く閉じられた赤を指先でなぞった。花が咲くにはまだ時間がかかりそうだ。




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