novel | ナノ
1122未遂
ぱたぱたと水の粒がガラスに当たる。うわ、降ってきた。隣で呟いたソフィアは、傘を持っていないらしく、恨めしそうに自動ドアの向こう側を睨んでいる。客が来たらどうすんだ、と咎めようとして、やめた。昼食時には遅く、夕飯には早い微妙な時間帯に、弁当屋を訪れる客なんてそうそういやしない。壁にかけられた時計を見る。シフトが終わるまで、後一時間程あった。
「俺のロッカーに、折り畳み傘あるけど。貸そうか?」
「へ?ソロ使うでしょ?」
「や、いい。」
「え、でも悪いって。」
「いいよ、迎えに来てもらう。」
携帯を取り出しながら言えば、先程までの恐縮はどこへやら、ソフィアはにんまりと笑った。
「あー、あー、分かった。お言葉に甘えて借りるよ、傘。」
「……多分、お前が思ってるのとは違うと思うぞ。」
「またまたあ。恥ずかしがらずともよいのだよ少年!青春を謳歌したまえ!」
「何キャラだよ」
何故だか唐突にハイテンションなソフィアにばしんばしんと背中を叩かれる。手元がブレてメールが打ちにくいことこの上ないし、何より普通に痛い。送信完了を告げる画面が表示されたのを確認して、ソロは携帯を閉じた。ポケットに滑り込ませたのとほぼ同時に、自動ドアが開く。いらっしゃいませ、と二人分の声が店内に響いた。
従業員用の出口から外を見遣ると、雨はやむどころかますます勢いを増していた。私服に着替えたソフィアに折り畳み傘を渡す。
「有り難く使わせて頂きます」
芝居がかった口調で恭しく頭を下げる。受け取った後も帰ろうとしないソフィアに、ソロは分かっていながら理由を問うた。
「いやあ、だって見たいじゃん。ソロの彼女」
「だから違うって」
否定したソロの手の中で携帯が震える。通話ボタンを押しながら開けたドアの先、携帯を耳に押し当てて佇んでいる姿を認めて、ソロは軽く手を挙げた。
「天気予報ぐらい見たらどうなんですか」
開口一番、呆れたように言って、クリフトは手に持った傘を突き出した。ダッフルコートから伸びた手は指先が悴んで赤くなっている。
「それはこいつに言ってやれ」
そう言って振り返ると、いきなり話題に引きずり込まれたソフィアが目を丸くする。え、あ、どうも。ぎこちない挨拶をしたソフィアに、いつもソロがお世話になっております、とどこぞの母親のようなことを言って、クリフトは再びソロを見た。怪訝な顔に、話の繋がりが読めないと書いてある。
「あ、ソロ……くんの傘、私が借りちゃったんです」
「そうだったんですか。気にしないでください、こんなん二日三日雨ざらしにしても死なないんで」
「おいこら待て」
人好きのしそうな笑みを浮かべてえげつないことを言う。ほら行きますよ、と踵を返しかけたクリフトが、軽く会釈したのを受けて、慌ててソフィアが会釈を返す。その旋毛に向かって予想と違っただろ、と声を掛けて、ソロは傘を開いた。
***
こっからいちゃいちゃする筈だった