ひょこひょこと動く耳も、ぱたぱたと揺れる尻尾も、どう見ても猫のそれだった。魔物ですら逃げ出しそうな視線で睨まれようと、やっぱり猫だった。どうあがいても猫だった。関係ないが、男の猫耳が感動的なまでに萌えないことを今日身を持って知った。 「……にゃんですか、これ。」 地を這うような低音で紡がれた言葉は若干猫っぽい。どうやらな行が上手く言えないらしかった。眉間に皺を寄せて腕を組む神官の口からは、尖った八重歯が覗いている。
「猫の耳と尻尾だな」 「そんにゃこと分かってますよバカにしてるんですか」 見たままのことを言った。瞬殺された。潔い一刀両断っぷりだった。 「心当たりとか、にゃいですか?」 「…特にはないけど」 素知らぬ風を装っては見たものの、思い当たる節はめちゃめちゃあった。昨日の夕食に興味半分嫌がらせ半分でその辺に自生していたケミカルな色のキノコを突っ込んでしまったのだ。あれを原因と言わずして何を原因と言うのか。バレた瞬間殺される。 「本当ですか?」 「本当だって」 「疚しいことがあるときに下唇噛む癖、治した方がいいですよ」 反射的に口元を手で覆う。しまった、と後悔してももう遅かった。本能的な恐怖とともに顔を上げると、神官は口角を上げて笑みの形を作っていた。細められた目からは感情が一切読み取れない。引き結ばれた口がゆるりと開く。
「……疚しいこと、あるんですね?」 さっさと吐けとばかりに無言の圧力がかかる。死刑宣告をされた囚人の気持ちが分かるような気がした。
*
「犬って嬉しいと尻尾振るじゃにゃいですか。」 「…そうですね」 「猫が尻尾振るのって、怒ってる時らしいですよ。」 「……へ、へえー」 床に正座した状態で、視線を真横にスライドさせる。柔らかそうな尻尾はぱたぱたを通り越してぶんぶん揺れていた。そしてこんな時に限って、目の前の神官は満面の笑みを浮かべている。肋の数本は覚悟した方がいいかもしれない。
「ねえ、ソロさん。」 甘ったるい猫撫で声で、普段は呼ばない名前を呼ばれる。目を細めて口元を綻ばせる神官の手には、魔法の擬音で人生がやり直せそうな禍々しいフォルムの棍棒が握られていた。ああこれ肋どころの騒ぎじゃない。棍棒を振りかざした神官が「大丈夫ですよ、次回までには復活してますから。」と何が大丈夫なんだかよく分からない台詞を言った刹那、意識と記憶が吹っ飛ぶ音がした。
(130303)
|