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お姫様抱っこ、とは。
少女の憧れであり結婚式の定番、男性の立場から考えれば腕力の誇示。古代ローマの風習に由来しており、安定性に欠けるため長期間の運搬には向かないと聞いたこともある。しかし、あくまで「被運搬者をお姫様のように抱きかかえること」であり、「お姫様が被運搬者を抱きかかえること」ではなかった気がする。いや、なかった。断じて。
そう結論付けてゆっくりと目を開く。視界に飛び込んできたのは、宙に浮いた自分の足、膝の裏と背中に回された他人の手。鼻先を掠めるふわふわとした明るいオレンジ色の髪は、ほんのりと石鹸の香りがする。うららかな午後の日差しの中、頭上には雲一つない青空が広がっていた。

「…あの、姫様。」
「何よ、まさかこの高さで怖いとか言わないでしょうね。」
「違います!」
「じゃあ、何よ?」
「ですから…っ!何故私は姫様に抱きかかえられているのですか!」
抗議の色を口調に滲ませて問えば、「だってクリフトの服、布が突っ張って背負いにくいんだもの。」とあっけらかんと返される。背負うのも抱きかかえるのも、少女が青年にする行為としては些か、いや、かなり無理のある行為のように思えるが、アリーナは規格外だった。ついでに言えば『お転婆姫』と称される彼女には、少々人の気持ちを察する能力が欠けている節があった。例えば、年下の少女にいとも容易く抱きかかえられた上に人通りの多い街道をその状態で歩く羽目になっている青年の気持ちだとか。
好奇の視線が容赦なく突き刺さるのをひしひしと感じながら、クリフトは細く長く息を吐き出した。
しまった足なんて挫くんじゃなかった、と悔いたところでもう遅い。相当な角度をつけて捻った右足首よりも、正直道行く人々の視線が痛かった。何が悪かったかと問われれば、それはもう間違いなく足に絡みついてきたとさかへびが悪いのだが、それにしたところで今の状況は羞恥心を煽られた。ただでさえ何かと不安定かつデリケートな青年期なのだ。
恥ずかしいからやめてください、と正直に言ったところで「え?どうして?」と首を傾げられるのがオチなので、今のクリフトに出来るのは精々アリーナに真っ直ぐ宿に帰ってもらうことぐらいだった。幸い、宿は十数メートル先にある道具屋を曲がったところにある。何故か上機嫌な姫君を視界の端に収めながら、クリフトは本日何度目か分からない溜息を吐いた。


「あ、薬草買ってく?」
「結構です!」

貴方を支える存在でありたい(物理)

(130107)



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