「もし明日世界が滅びるとしたら、お前どうする?」 宿屋の一室。ベッドに腰掛けてクリフトに問うと、ことり、と首を傾げて瞬く。風呂から上がったばかりの頬は上気していて、いつもより幾分か血色がいい。髪の毛にタオルを押し当てながら、いきなりどうしたんです、と質問に質問で返したクリフトの目には純粋な疑問の色が浮かんでいた。 「例えばの話だよ。」 「…物騒な喩えですね。終末論ですか。」 くすくすと可笑しそうに笑みを零すのが少し癪にさわって、手首を掴んで乱暴に引く。あっさりとベッドに倒れ込んだクリフトは相変わらず細っこくて、胡座をかいた足の中に簡単に収まってしまう。視界の大半を占める後頭部からは仄かにシャンプーの甘い香りがした。何だか上手くはぐらかされてしまったような気分になって、自分よりやや低い位置にある旋毛を見つめながら再び問いかける。
「それで、どうするんだよ。」 「……そうですね、いつも通りに過ごすと思います。」 「具体的には?」 「ですから、起きて、お祈りをして、食事をして、空いた時間に読書をして。洗濯物を畳んで、夕食を作って食べて、お風呂に入って、お祈りをして、最後はベッドに。」 「…普通だな」 「特別なことをすると、未練が残っちゃうじゃないですか。」 それまでの言葉と同じようにあっさりとした調子で放たれた一言は存外に重く響いて、薄暗い部屋に沈黙を落とす。一緒に旅をするようになって大分経つが、クリフトが何かに執着することは珍しいことだった。与えることを惜しまないクリフトは、手放すことも惜しまない。そんな彼の口から出た「未練」という言葉は、ソロをひどく動揺させた。それを反映するかのように、ベッドサイドの蝋燭が不規則に揺れる。上手く返す言葉が見つからないのを誤魔化すように、綺麗に切り揃えられた髪を梳いた。予想に反して既に大分乾いていたそれは細く、するりと指に絡み付く。急に黙りこくったのをどう捉えたのか、それに、と呟いて言葉を区切る。くるりと振り返った顔は笑っていた。
「ソロさん、隣にいてくれるでしょう?」 にっこりと無邪気に笑う顔は、普段の大人びたものとは程遠い。そうであることを確信して疑わない、迷いのない声が鼓膜を震わせてから数秒、顔が熱を持ち始める。真っ赤になっているであろう顔を見られまいと、手の甲で顔を覆ったまま立ち上がった。ベッドから押し出される格好になったクリフトがどうしたんですか?と不思議そうに尋ねるのを無視して、大分短くなってしまった蝋燭を乱雑に吹き消す。背後で戸惑うような声を上げる彼に、疲れたから寝る、とだけ返して布団を被った。
しゅうまつを生きる
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