小説 | ナノ





何となく体が重いような感覚はあった。戦闘も本調子が出ないし、呪文も威力が弱い。
宿についてベッドに倒れ込むと、疲労の波がどっと押し寄せて来る。ごろりと仰向けになると、遅れてきたクリフトが目に入った。

「ソロさん、顔赤くないですか?」
「…そうか?」
言われて備え付けの鏡を見ると、確かに少し赤い。

「ちょっと、じっとしててくださいね。」
そう言ってクリフトはずい、とこちらに身を乗り出した。整った顔が間近に来て、心音が跳ね上がる。本人は意識していないのだろうが、顔が近いのだ。それはもう、凄く。
こちらの心音が伝わってしまうのではないか、というくらいに近づいた所で、クリフトの目がスッと細められる。空いている手で俺の髪を掻き上げると、更に顔を近づけた。額が触れた瞬間、「やっぱり、」と小さく声を漏らす。

「やっぱり。熱がありますよ。」
くっつけていた額を離し、クリフトが眉間に皺を寄せた。

「回復呪文は病気には効きませんから…。宿の方に頼んで、一つ部屋を増やして貰いましょう。」
「そんな、いいって!勿体ねぇし!」
「他の方に移ったら元も子もないでしょう。幸い今日はまだ空き部屋もありましたし、ライアンさんとトルネコさん、ブライ様で一部屋とって貰います。」
「…え、お前は?」
「病人さんには、看病役がいるでしょう?」
まるで小さい子供に言い聞かせるような口調で言うと、クリフトは微笑した。



控えめなノックの音で目が覚める。どうやら眠ってしまっていたらしい。汗ばんだシャツが体に貼りついて気持ちが悪かった。「失礼します」と声がして、見慣れた緑色の服が視界に入る。

「調子はどうですか?」
「まあまあだけど……それは?」
「卵粥です。消化の良いものがいいと思いまして、宿の方に台所を貸して頂きました。……お嫌いでしたか?」
「別に、嫌いじゃねえけど…。クリフトって料理出来たんだ?」
「ええ、少しなら。お口に合えば良いのですが。」

ベッドの脇に腰掛けたクリフトがトレイを膝の上に置く。鍋の蓋を外すとふわりといい匂いが鼻孔を掠めた。れんげに粥を掬い、ふーふーと息を吹きかける。冷ました粥を乗せたれんげが口元に差し出された。

「ソロさん、はい、あーん。」
…何というか、それはもういい笑顔で。
こんな美味しい状況を逃す訳もなく、有り難く頂戴する。恐る恐る口をつけると、粥は食べやすい温度になっていた。もぐもぐと咀嚼して飲み込む。

「…美味い。」
「そうですか、よかったです。」
冷まして差し出されて咀嚼して、という単調な作業を繰り返していると「終わりです、」と声が掛かった。

「全部食べれたじゃないですか。偉い偉い。」
よしよしと頭を撫でられ、違和感を感じる。今までの言動と言い、今のといい。これは、もしや、

「…なんかお前、俺のことガキ扱いしてね?」
「あ、バレました?」
悪びれるもせずにさらりと言ってのけた目の前の神官に軽く殺意を覚えた。年頃の健全な男子を弄びやがって、畜生。と思ったが、口には出さないでおく。向こうはこちらの気持ちになど一切気づいていないのだ。天然というのは恐ろしく質が悪い。しかし、いくらなんでもこれは嫌味の一つでも言ってやらねば気が済まない。

「それで?お偉い神官様は風邪を引いて寝込んでるガキにこれ以上何をしてくださるんですかねえ?」
「そうですねぇ。添い寝でもして差し上げましょうか?」

にこにこと笑うクリフトに他意がないのは分かっている。
笑って流せばよかったものを、こともあろうに想像してしまったのだ。目の前の神官が、自分の横で穏やかに寝息をたてている様子を。
何にせよ熱でぶっ飛んでいる脳には刺激が強すぎたらしい。ぐらり、と体が傾く。

「え、あ、ソロさん!?」
慌てたようなクリフトの声を最後に俺の視界はホワイトアウトした。


心臓がもちそうにない

(110509)



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