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ぐにゃり、と視界が歪んでバランスを崩す。まるで自分の足元だけ地面が粘土になってしまったような沈み込む感覚の後、ようやく静止した景色は、何故かローアングルだった。自分の周りをぐるりと取り囲む学校指定のスニーカーとハーフパンツに、エフェクトのようにかかる砂埃。鼻先を掠めるのはクリフトが思い当たる限りグラウンドの土の匂いで、指先や肌に触れるざらりとした感触もグラウンドのそれに違いなかった。暑くて頭が回らない。何か言おうと口を動かしても、はくはくと開閉の度に息が漏れるだけで意味をなさなかった。
意識が途切れる寸前、体がふわりと宙に浮くような感覚がしたのは、気のせいだろうか。


「ミネアー!クリフトがー!」
喧噪の中でもよく通る声に顔を上げると、明るいオレンジ色のポニーテールを揺らしながら駆けてくるアリーナが目に入った。生徒でごった返すグラウンドを難なく走り抜けるのも、彼女の周りだけ競技の応援とは違ったざわめきが起こるのも、十中八九両腕に抱きかかえられたクリフトが原因だろう。くたりと力の抜けたクリフトが浅い呼吸を繰り返しているのとは対照的に、彼を軽々と抱えている彼女は、息一つ乱れていない。救護テントに備えつけられた簡易式のストレッチャーに寝かせるよう指示を出すと、アリーナは心配そうな表情を張り付けたまま頷いた。

「熱中症よ。安静にしてれば治るわ。」
氷水に浸したタオルを搾りながら言えば、目の前の顔に幾分か安堵の色が見て取れるようになる。ほら、次も競技なんでしょう?と促すと、アリーナは慌てて駆けて行った。元々体が弱くて貧血持ちなところに加えて、この暑さだ。クリフトがまともに体育祭を完遂できる確率など、たかが知れている。ある程度予想はしていたが、できることなら裏切ってほしかった。
嘆息して大分温くなってしまったペットボトル飲料に口をつける。新しいものを買いに行きたいのだが、病人を放置していくわけにもいかない。
そろそろ来てもいいんじゃないかしら、と独りごちると、目の前に色濃い影が落とされる。見上げれば、予想通りの人物がそこにいた。

「…遅かったですね、ソロさん。」
「薬局行ってたんだよ、」
差し出されたビニール袋に、冷却シートの箱とペットボトル入りのスポーツドリンクが透けているのを見て思わず漏れた「過保護」の一言に「うるせ、」と返したソロの表情は、逆光でよく見えない。
「暫くの間、見ていてもらえますか?」
空のペットボトルを見せながら問うと、あっさりと首肯される。体操服のポケットに財布を入れてテントから出ると、そうだ、と前置きして振り返った。

「間違っても、手出したりしないでくださいね。」
怪訝そうな顔から一転して噎せ込んだソロを後目に歩き出す。空は抜けるような青さだった。

(121008)



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