小説 | ナノ





カサリ、と机に置かれたままの羊皮紙が風を受けて捲れ上がる。インクの蓋は開いたままで、ペンは机の上に転がったまま数滴インクを垂らしていた。おおよそ几帳面なクリフトには似つかわしくない部屋で当の本人は何をしているかと言えば、机に突っ伏してくうくうとあどけない寝息を立てている。長い睫毛が目元に落としている影がいつもより濃く見えて、近寄ってみればうっすらと隈が出来ていた。日に焼けない肌は白く、顔色の変化が直ぐに分かってしまう。ミントスで倒れたときだって一目見て分かるぐらいには青ざめていた。
太陽が昇っているにも関わらず、依然として小さな炎が揺らめいているランプは、油が切れかけている。一体いつから作業をしていたのだろうか、指には所々インクが跳ねていた。窓から入ってきた風が紐で括られた書類の束に容赦なく吹き付ける。耳元でバサバサと騒がしい音がしているのにピクリとも反応しない彼は余程疲れているらしかった。
何気なく書類の束の一つを手に取ると、思わず目を背けたくなるような細かい文字がビッシリと書き連ねられている。ひどい癖のある文字や、どこまでが一文字かも分からないような異国の文字、神学の講義でクリフトに教えられた古代文字。捲れ上がった羊皮紙を元に戻すと、そこに書かれていたのは整った彼の字だった。

(これ、本当にクリフトの仕事なのかしら。)
年齢から鑑みるとクリフトの地位はとても高く、それを妬ましく思っている人は少なくない。嫌がらせを嫌がらせとも思わずに微笑を浮かべて引き受ける姿がいとも簡単に浮かんだ。彼は人が好すぎる。
安堵より疲労が色濃く滲み出た寝顔は見ていて少し痛々しい。目を覚ましたクリフトが眠ってしまった自分を叱責するのかと思うと、胸がもやもやとした。彼は何も悪くないのに。
面白くない感情を掻き消すように、目の前に無防備に晒されている頬を抓んで引き延ばす。うっすらと目を開けたクリフトが数秒の後「いひゃっ!?」と間抜けな声を上げるのも構わずに頬を引っ張った。呆けたような顔でこちらを見つめるクリフトの瞳には不機嫌さを隠そうともしない私の顔が映り込んでいる。

「い、いひゃいれす、ひめひゃま、」
「クリフト、今日は休みなさい。命令よ。」
「は、はあ……」
戸惑うクリフトの背を押してベッドに座らせる。「飲み物でも持ってくるわ」と言い残して部屋を後にした。部屋の中からトサ、とベッドに倒れ込む音がする。きっと戻ってくる頃には眠ってしまっているだろう。そう思うと調理場へ向かう足取りは自然と軽くなった。彼を困らせるのはいつだって私だけでいい。

早く元気になってもらわなくちゃ。
お城を抜け出して遊びに行くのだって、一人じゃつまらないんだから。

それはやわらかな感情を模して

(120926)



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