サザンビークのバザーは最終日を迎え、夜が更けても城下町は客でごった返していた。折角だから色々と見て回ろうとエイトと二人で町を歩いていると、ぐい、と袖を引かれる。振り返ると、エイトが立ち止まって何かを見つめていた。 「どうした?」 「うん、ちょっとね。綺麗だなあって。」 エイトの視線の先にあったのは、装飾品の露店だった。それも、旅人向けのものではなく、女性向けの華奢なアクセサリーを扱う店だ。日頃は何よりも実用性を重視するエイトがこういうものに興味を持つのは珍しかった。 「買ってやるよ。」 「でも、悪いよ。」 「いいっての。どれがいいんだ?」 「…じゃあ、これ。」 躊躇いがちに指し示した先には、小さな指輪が並んでいた。守備力なんてとてもじゃないが見込めない、安物の指輪である。はめ込まれた赤い石は、バザー会場であるサザンビークの王家の儀式に因んで、アルゴンハートを模したものらしい。電灯の光を受けてキラキラと輝くそれは、まるで子供のおもちゃのようなつくりだった。 銅貨一枚でお釣りが来るような指輪を受け取ったエイトが、大事そうにそれを握り込む。何となく微笑ましい気持ちでそれを見ていると、店員らしい女の子に「色違いでもう一ついかがですか?代金はいらないので、」と声を掛けられた。 「いや、いいよ」と言うよりも早く、「これがいい」とエイトが琥珀色の石がはめ込まれた指輪を指す。思わぬところから返答を得て、面食らったような顔をしている女の子に「…じゃあ、それで。」と笑い掛けると、うっすらと頬を上気させながら渡してくれた。まさか自分の横で上機嫌で指輪を握りしめる少年と俺が恋人同士だなんて、この子は思いもしないだろう。
人混みから離れたところで月の光に指輪を翳すエイトに、何の気無しに「そういや、何でその色にしたんだ?」と問うと、「えっと、その、」と何とも歯切れの悪い返事が返ってきた。首を傾げると「……言っても、笑わない?」と念を押される。そんなに言いにくい理由なのか。 「笑わねえよ。」 「…この色、ククールに似てるから。」 銀色のリングに、赤い石。なるほど、言われてみれば確かに俺の髪と服の色である。でも、何だ、俺の色だからって。俯きがちに喋るエイトは耳まで真っ赤になっていた。 「だから、何かククールといつも、」 「もういい、分かったから。」 聞いているこっちまで恥ずかしくなってきてしまい、強引に言葉を遮ると、手を取って歩き出す。いつもは気を遣う歩幅も気にする余裕がない程にこみ上げてくる気恥ずかしさと嬉しさは、初めて体験するものだった。存外、悪くないものだ。
ふと、もう一個の指輪の存在を思い出す。エイトの髪と同じ琥珀色の石が埋め込まれたそれは、きっと俺用なのだろう。
(120809)
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