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背後でざく、と草を踏む音がして、ピサロは振り返る。
学校指定の紺のダッフルコートに、革製の肩掛け鞄。毛糸製のマフラーに顔を半分程埋めているものの、男子にしては長めに切り揃えられた髪に、ピサロは見覚えがあった。クリフトである。

「……またお前か」
「はい、すみません。」
呆れたように溜め息を吐くと、相手は口元を覆ったマフラーをずらして悪びれた様子もなく微笑んでみせた。

「たまには、学校来てくださいね。」
寂しいですから、と続けたクリフトはいつ見ても変わらない笑みを浮かべていて、さほど寂しそうには見えない。寂しいという建前で、このままでは出席数が足りなくなることを言外に伝えに来ているのだろうと、ピサロは考えていた。二人は付き合っているし、互いの自宅だって知っている。会おうと思えば会えるのに、寂しさなど感じるものか。
こうして彼が来るのは、何回目になるだろうか。最近頻繁に来るのを見るに、そろそろ危ないのかもしれない。
暫しの沈黙の後「考えておく」とだけ言うと、クリフトは眉を寄せてから、何を思ったかピサロの腕に手を回して抱きついた。らしからぬ行動に面食らうピサロと視線を合わせることなくクリフトが口を開く。

「ピサロさんが来ないのが悪いんです。」
補給です、と続けるクリフトは、少なからず不機嫌であるようだった。拗ねているといった方がいいかもしれない。言葉と共に吐き出される息は湯気のように白い。それにしても、言うに事欠いて補給とは。ガソリンじゃあるまいし。

「………学校で好きな人に会えないのって、結構寂しいんですからね。」
せっかく、同じ学校なのに。
至近距離でも聞こえるか怪しいぐらいの小声でぽつりと呟いて、腕が離された。今更になって羞恥心が襲ってきたのか、また来ます、と早口で言って去ろうとする姿に、いつも微笑を絶やさない優等生の面影はない。気づけばピサロはその手を反射的に掴んでいた。まとわりついていた体温が離れていく名残惜しさもあった。
驚いたように目を見開くクリフトを引き寄せると、細い体はあっさりと腕の中に収まる。え、あ、と戸惑ったような声を上げるクリフトは、驚きと困惑と恥ずかしさと嬉しさとが綯い交ぜになったような表情を浮かべていた。自分と違って感情が顔に出やすいクリフトは、見ていて飽きない。

「あの、ピサロさん、」
「何だ。」
「どうしたんですか…?」

ふ、と笑みが零れる。耳元で囁くと、クリフトは耳まで真っ赤にして俯いた。


「補給、だ。」

6度5分の安息

(120305)



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