「くりふとぉ……」 「はい?」 泣きそうな声に紙袋を抱えたクリフトが振り返る。目が合った瞬間に、そこにいたソロの顔がくしゃりと歪んだ。 「…めが……らい…」 「え?」 「あめがからい…」 悲壮感すら漂う、どこか舌足らずな声で言われた内容に、クリフトの肩の力が抜けていく。口を開く度に香るスッとした匂いに見当をつけると、クリフトは紙袋を脇にあった木製のベンチに置いた。転がり落ちたリンゴもそのままにして向き直る。ぐすぐすと鼻を鳴らすソロは鼻に抜ける匂いもダメらしく、顔を顰めている。それでも飴を吐き出さない辺りは律儀というか何というか。
「もう、それ多分薄荷ですよ、確認しなかったんですか?」 「しらねーもんそんなん…」 つつみがみにもかいてなかったもん…と口を尖らせたソロは勇者云々以前に17歳にすら見えない。まるで母親に甘える子供だ。母性本能をくすぐるらしく、周りにいた女性たちがちらほらと足を止める。ただでさえ目を引く容姿をした二人だ。ちょっとした人だかりができているというのに、本人たちは気付く気配すらない。数人が声をかけるきっかけを作ろうと飴を出すためのちり紙を探す中、クリフトは苦笑して手袋を外した。日に焼けていない白い指に黒い革製の手袋はよく映える。 「しょうがないですねえ…ほら、あーんしてください。」 「あー……」 言われたとおりに口を開けたソロの顔を片手で固定すると、クリフトは長い指を躊躇いなく口に差し入れた。周りの空気がピシリと音を立てて固まる。ワンテンポ遅れてきゃあああ、と悲鳴に近い声が上がった。
「…次からはちゃんと確認してくださいね。」 窘めるようにそう言うと、クリフトは摘み出した飴玉を躊躇いなく自らの口に運ぶ。唾液と砂糖とでべたついた指を舐めると、悲鳴はいっそう大きくなった。「何かあったのか?」「さあ?」と首を傾げる二人に一部始終を見ていたらしいマーニャが歩み寄る。手に持った鉄の扇で一発ずつ食らわせてから呆れたように口を開いた。
「アンタらねえ…街中でいちゃいちゃしてんじゃないわよ」 「いちゃいちゃ…?」 「私とソロさんが、ですか?」 叩かれた後頭部を押さえながら揃って疑問符を浮かべた二人に、マーニャが深い溜息を吐く。確かにアンタら二人とも同年代且つ同性の友達がいなかったみたいだし、スキンシップ程度の感覚なのかもしんないけどね、往来で口に指を突っ込むだの唾液を舐めとるだのバカップルも裸足で逃げ出すようなことしないでよ。しかも男同士で。ていうか普通食べないでしょ、他人が食べてた飴。見なさいよ女の子たち顔赤くして固まっちゃってんじゃない。 言いたいことは山ほどあるが、自覚がない奴らに言っても疲れるだけである。
「くちのなかがからい…したがひりひりする…」 「……ソロさん、あーん。」 「あー、ん?」 クリフトが包装のセロファンを剥いて、棒つきのキャンデーを口に差し入れる。カラリ、と口の中で飴を転がしたソロの顔が輝いた。 「さっき貰ったんです、好きでしょう?イチゴミルク味。」 「ありがとうクリフト大好き愛してる結婚しよう」 「はいはいありがとうございます、私も好きですよー。」
だから、往来でそういうことするなっての。 「……今なら口から砂どころか砂糖吐けそうだわ。」 小さく呟かれた言葉は、雑踏にかき消されて誰にも聞こえることはなかった。
(120103)
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