小説 | ナノ





「似合ってるよ、似合ってるから。くっ、あははは。」
「笑わないでください!」
「だって君、その格好は…あはは、」
「仕方ないじゃないですか!瑞穂さんに服隠されたんですから!」
人目に付かないようにと適当に入ったほぼ倉庫と化した空き教室には先客がいた。しかも、よりにもよって、伊神さんが。ドアを開けた僕と目が合うなり文字通り腹を抱えて笑い出した伊神さんを見て、思わずスカートを握りしめる手に力が入る。自分だって好きでこんな格好をしているわけではない。そりゃあ出場者の中では女子に見える方だと言うことは自分でも分かっている。少なくとも筋骨隆々な漢のメイド服姿よりは目に優しいだろう。背が低いのだって、体重が全然増えないのだって僕にとってはコンプレックスだ。クラスの運動部の連中みたいにゴツい顔つきじゃないのだって自覚している。俯いた僕に気づいた伊神さんが目元に滲んだ涙を指で拭った。涙が出るほど笑ったのか、この人は。泣きたいのはこっちだというのに。

「笑いすぎたね、ごめんごめん。はは、」
「……いいですよ、もう…」
「拗ねないでよ。似合ってるって。」
「嬉しくないです!」
あれだけ笑われれば拗ねたくもなる。眉を寄せて伊神さんから顔を背けると、部屋に静寂が訪れた。顔を背けているから伊神さんの表情は分からない。呆れているのか、笑いを堪えているのか。握りしめたスカートには、すっかり皺が寄ってしまっていた。

「待って、ごめんって。」
唐突に手を引かれて重心が後ろに傾く。次いで、体がふわりと宙に浮いた。瞬間的に目を瞑ったが、いつまで経っても背中が衝撃を受けることはなかった。恐る恐る目を開けると腰に伊神さんの手が回されている。これは、もしかしなくても。

――伊神さんの膝の上に乗せられて、後ろから抱きすくめられている。

状況を脳が正確に把握してから、羞恥心が一気にこみ上げてくる。顔から火が出そうだ。というか、今の状況をもし誰かに見られたら。考えて、顔から血の気が引いた。赤くなったり青くなったりと、我ながら忙しい奴だ。

「伊神さん、誰か入ってきたら、」
セーラー服のぱっと見女子高生をスーツの男が後ろから抱き締めている姿というのは正直穏やかではない。少なくとも、市立高校の文化祭においては。僕の心配を余所に伊神さんは腰に回した手に力を込めた。

「ん、大丈夫。鍵かけたから。」
反射的にドアに目を向けるとしっかりと施錠されていた。いつの間に、と喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。聞くだけ無駄だ。この人はそういう人なのだから。というか、鍵をかけたということは、まさかずっとこの状態でいる気だろうか。
依然としてクスクスと忍び笑いを漏らすのをやめない伊神さんを上目で睨みながら口を開いた。

「伊神さん、笑いすぎです。」
「あまりに可愛いからちょっと苛めたくなっちゃった、ごめんね。」
「……それ、褒めてるんですか。」
「うん。可愛いよ。…個人的に眼鏡はない方が好みだけど。」
そう言って僕の掛けていた黒縁の伊達眼鏡を外して無造作に床に放る。リノリウムの床に打ち当たった眼鏡が、カツンと軽い音を立てた。節くれだった指が眼鏡を外す動作に不覚にもときめいてしまい、顔にじわじわと熱が集まっていく。それを見られまいと顔を伏せると、「耳、赤くなってる」と面白がるような口調で言われた。
半ば自棄になって身を捩り、スーツに顔を埋める。ふわりとミントのような香りが広がった。柔軟剤か何かだろうか。

(111212)



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