小説 | ナノ





終末がくるという噂が立ち始めた。どこからともなく始まったその噂は急速に世界中に広まって、今や世界は大混乱だ。
大臣たちは毎日のように会議を開いている。
噂によれば、私たちが救った世界は、あっさりと無くなってしまうらしい。

世界中が大混乱に陥っても、私の習い事は無くならなかった。噂が噂でしかない証拠だ。
今日はクリフトの担当する神学の授業がある日だった。しかし、授業時間になっても一向に現れない。そういえばここ数日顔を見ていない。無性にクリフトの顔が見たくなって、部屋を飛び出した。
サントハイムの教会にも、その奥にある自室にも、サランにも。どこを探しても、クリフトはいなかった。向こうから歩いてきたブライを呼び止めて居場所を尋ねると、苦しげに眉が寄せられる。

「…姫様は、ご存知なかったようですな。……あやつは、」
ブライが訥々と語り始めた内容に、私は目を瞠った。
曰く、各国の上層部の役人たちは「この事態は神の逆鱗に触れたために起こったもの」ということにしようと決めたらしい。そして、「その怒りを鎮めるための生贄を差し出せば、終末はやってこない」という筋書きのもと、パフォーマンス的に1人の生贄を聖なる地であるゴッドサイドに幽閉しようと言うらしいのだ。パフォーマンスにするならば、幽閉される人材は著名であればあるほどによい。それが、あまり権威のない者であれば尚更。

そして、クリフトが選ばれた。クリフトは数日前にサントハイムを発ったという。
そんなことはさせられない、来ないと分かっている終末のために命を捨てなくてもいいんだ、と大臣たちが必死で止めるのに、「私一人の犠牲で、世界中の皆さんが安心を得られるのなら」と微笑んでみせたという。
「…世界を救いし勇者に同行したあやつは、まさに適任じゃったのでしょうな。『神の加護を受けた者』という肩書きで、ゴッドサイドに行きました。」
「それじゃあ!」
「もう、会うことは適わないでしょうな。」
ソロは、マーニャは、ライアンは。かつて一緒に旅をした皆は、知っているのだろうか。
無性に、クリフトの淹れた紅茶が飲みたくなった。

壁を蹴破りたいとも、魔物相手に腕試しをしたいとも思わなかった。心にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚におそわれる。
自分は、彼が好きだったのだ。壁を蹴破った時は一緒に怒られてくれて、魔物と戦った時は受けた傷を直ぐに癒してくれる。いつも笑顔を絶やさない彼が好きだったのだ。

手紙を書こう、と思った。抑えきれない思いを全部紙に書いて、空に向けて飛ばしてしまおうと思った。
アリーナが一人で外に出て手紙をぶちまけようと、『サントハイムの王女が乱心した』ぐらいにしか思われないだろう。現に、どこかの国の王族が乱心したという知らせは既に何件か入っている。王族と言えど、気が気でないのだ。


机に向かって、真新しいレターパッドの最初の一枚を破り取る。インクにペン先を浸して紙の上を滑らせた。自分のやや丸い字を見ていると、クリフトの整った字を思い出して泣きそうになる。
何枚も、何枚も。机の上に収まらなくなった便箋が床に落ちるのになんか目もくれずに、誰へ届くかも分からない手紙を書き続ける。好き、大好き、愛してる、ずっと一緒にいようね、私が傍にいるよ……拙くて脆い愛の言葉を書き連ねていく。軸が曲がってしまった羽ペンを投げ捨てて新しいものをインクに浸す。空になったインクの瓶を床に落として、新しいインクの瓶を開ける。

クリフトは、今どうしているのだろうか。まだ生きているのだろうか。
抱き締めたい、キスしたい、名前を呼んでほしい、綺麗な笑顔を見せてほしい。

もどかしさを感じながら、私は今日も愛の言葉を書き続ける。それを受け取ったどこかの誰かが、ちょっとでも終末の恐怖を忘れて笑顔になれればいいと思った。
溜まった便箋を紙飛行機にして城の窓から飛ばす。空は雲一つない青空だった。
――終末なんか来ないわよ。クリフトだって分かってたくせに。私に何も言わずに行っちゃうなんて酷いわ。バカ、大嫌い。
生温かい液体が頬を伝って大理石の床に落ちた。

風に乗って遙か彼方へ消えていった沢山の飛行機を見届けて、私はまた机に向かう。顔も手もインクで汚れていた。

もう、彼の笑顔を見ることは出来ない。




(111207)



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