「ソロがね、無防備だって言うの。」 みかんを剥きながら唐突に話し始めたソフィアを、クリフトはコンロの火を止めて振り返った。 そんなことないのに、と頬を膨らませてみかんを口に入れる。酸っぱかったらしく眉を寄せて口をへの字に曲げたソフィアは、クリフトから見ても十分無防備だった。これではソロも兄として心配だろう。現に今だって、家族でもない男の部屋でこたつに入って蕩けている。
彼らの部屋にはこたつがない。電気代を食うから、というソロの意見は高校生にしてはやけに所帯じみていた。ソロに比べて寒がりなソフィアは、度々クリフトの部屋に来る。ソロが夕飯が出来たと呼びに来るまでの間、目一杯暖かさを享受して、隣の部屋へ帰って行くのだ。ソフィアが帰った後のこたつには、大抵みかんの皮が放置されている。捨てるように言わなければ、と思いつつもまだ口にしたことはない。
「心配なんですよ、ソロさんは。」 「何が?」 きょとんとした表情で首を傾げるソフィアに、思わずクリフトはこめかみを指で押さえた。自分だからよかったものの、クラスの男子に同じ態度を取っていたら問題である。因みに夏場に涼を求めて来たときは、タンクトップにホットパンツ姿だった。
「ですから、ソフィアさんが。男性の部屋に簡単に上がり込むものではありませんよ。」 「うん、しないよ。クリフトさん以外には。」 いつの間にかこたつから這い出して傍に来ていたらしい。思いがけず近くから返事が返ってきて、クリフトは面食らった。「あ、ホットケーキ!」と声を弾ませるソフィアは年齢より幼く見える。
「…私だって同じです、」 「違うよ。」 けらけらと笑って腰に抱きつくソフィアを「危ないですから」と窘めて、クリフトは大きく息を吐いた。ホットケーキをひっくり返して火を止めた。蓋をして余熱で焼けるのを待つ。 ソフィアに向き直ろうと体を捻ると、腰に回された手が緩んだ。正面を向いたところで再び腕に力が込められる。腹の辺りにグリグリと頭を押し付けながら「クリフトさん、甘い匂いがする」と笑ったソフィアの鼻の頭は赤くなっていた。諦めて頭を撫でてやる。ふわふわとした癖毛が指に心地よかった。
「そろそろ帰るね」と腰に回していた腕を解いたソフィアに、二人分のホットケーキを持たせてやる。一人になった部屋でクリフトは考えていた。
さっきの「違う」と否定した声がやけに真剣味を帯びていたのは、きっと気のせいではない。 もしかしたらソフィアは、自分を隣人以上に位置付けてくれているのだろうか。 そう、例えるならば、家族として。
もし、そうだったら。
そこまで考えたクリフトの思考は、キッチンタイマーのけたたましい電子音に遮られた。見れば鍋がふきこぼれそうになっている。慌てて火を弱めて刻んだ野菜を鍋に入れるうちに、先程までの考えはすっかり頭の隅の方に追いやられていた。
今日も、こたつにはみかんの皮が放置されている。
(111120)
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