小説 | ナノ





ドシャ、と鈍い音を立てて魔物が倒れる。戦闘を終えてその場に腰を下ろしたアリーナにすかさず回復魔法を唱えたクリフトは、少し眉を寄せてみせた。アリーナの傷は、完全に塞がっていない。

「…もう魔力があまり残ってないみたいです。一度町へ返った方がいいかもしれませんね。」
眉を寄せたまま小さく息を吐いたクリフトは、いつもより疲れているようだった。立ち上がってスカートについた草を払ったアリーナが、不意にクリフトの前に回り込む。顔を覗き込んで目を細めたアリーナは、クリフトが戸惑い気味に「…あの、私の顔に何か?」と訊ねたのに「ううん、気にしないで。」とどこか的外れな返事をして再び後ろに戻っていった。

「ソロ、そこから動かないでね。」
「いいけど何で……っておい!?」

トン、とクリフトの首の後ろに綺麗にアリーナの手刀が入る。膝から崩れ落ちたクリフトは、既に意識を手放していた。倒れてきた体を受け止めて、その熱さに目を見開く。自分にもたれ掛かっている体越しにアリーナを見やると、「クリフト、熱あるでしょ。」と断言するような口調。返事の代わりに正体を無くしたクリフトを抱き上げて、ソロはキメラの翼を放り投げた。


「…風邪ですね。」
ミネアが見せた体温計の目盛りは38度を軽く越えていた。クリフトはベッドの上で浅い呼吸を繰り返している。

「しっかしよく分かったわね。コイツの事だから絶対自分から言わないでしょ?」
半ば呆れるような口調で言ったマーニャに先程あったことを説明すると「アリーナらしいわ」と笑って、それまで座っていたベッドの縁から立ち上がった。

「ブライに氷作ってもらってくる、」
手をヒラヒラと振りながらドアの向こうに消えたマーニャを追うようにして、ミネアが「お粥、作ってきますね」と言い残して去っていく。部屋に静寂が訪れた。時計の針のカチリ、カチリ、という音がやけに響く。
何となく居たたまれなくなって、替えのタオルでも持ってこようと椅子から立ち上がると、布団から伸びてきた白い手に服を掴まれた。うっすらと目を開けたクリフトがぼんやりとこちらを見ている。どこかとろんとした目は、焦点が合っているのかすら怪しい。

「……か、な…で…」
「え?」
「行かないで、ください…」

裾を掴まれて身動きが取れなくなってしまう。呆然としているうちに、クリフトはまたとろとろと眠り始めた。振り解こうとすれば簡単にできる位に弱い力なのに、何故かできないでいた。「行かないで」と言った声が脳内をぐるぐると駆け巡る。同時に熱で潤んだ瞳や、袖口から覗いた白い手首が思い出されて、顔に熱が集まるような感覚に襲われた。
クリフトが穏やかな寝息を立て始めても尚、ソロはその場に立ち尽くしていた。顔が熱くてたまらなかった。

クリフトの手は、まだソロの服の裾を掴んだまま離さない。


指先の沈黙

(111109)



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