小説 | ナノ





@ヘンリー

「……なあ、アベル。これについてどう思う?」
神妙な顔をして問い掛けるヘンリーの頭には、茶色い犬の耳がついていた。腰掛けているベッドに目をやると耳と同じ色のふさふさとした尻尾がだらりと力なく伸びている。
仮装だろうか、でもハロウィンはこの間終わったばかりだし…いやでも10年の奴隷生活で日付感覚が狂っているのかも…と1人で考え込んでいると、「言っとくけど、ハロウィンとは関係ないからな」と念押しされた。考えが完全に読まれている。

「じゃあどうしたの?それ。」
「朝起きたら、生えてたんだよ。」
はああ…と深く溜息を吐くヘンリーの言葉にどこか引っかかりを覚えて頭の中で反芻する。彼は今、「生えていた」と言わなかっただろうか。付けた、ではなく、生えた、と。つまりその耳と尻尾は、作り物ではなく、本物の犬の毛な訳であって。

そこまで考えが至ったとき、アベルはようやく事の重大さに気がついた。向かいのベッドで「どうすんだよこれ…」と頭を抱えているヘンリーを見据える。

「ヘンリー…」
「ん?」
名前を呼んだのと同時に、垂れていた尻尾がピンと天井の方向を向く。

「とりあえず毛がシーツに付くから今日は床で寝てね、」
「鬼かお前は」


@ピサロ

朝っぱらから胸ぐらを掴まれて目が覚めた。そんなことをするのは一人しかいない。依然として胸ぐらを掴まれているせいで否が応でも視界に入ってくる。寝起きでぼやけている目をごしごしと服の袖で擦ってやっとクリアになった視界で見た相手の頭には、犬耳がついていた。

「……何だこれは。」
「えーと……シェパード?」
「誰が犬の種類を言えと言った。」

不機嫌を通り越して殺気が出ている。それにしても魔王の頭に犬の耳が乗っかっているというのは、なかなかにシュールな光景だ。本人に言ったら殺されかねないから言わないが。この調子だと尻尾も生えているのだろうか、と一人ごちた矢先にマントが独りでにはたはたと揺れた。どうやら尻尾もご健在らしい。

「貴様以外に思い当たらん。」
「いや、俺、そんな特殊能力ないし。」
そうこうしている間に息が苦しくなってきた。そろそろ地に足をつけたい。

「ロザリーにでも見せてきたら?犬好きだろ、あの子。」
言った途端にギリギリと締め上げていた両手が離れる。突然のことに受け身も取れず、強かに腰を打ちつけてソロは表情を歪めた。一気に流れ込んできた酸素に肺が追いつかず咽せているうちに、ピサロは踵を返して出て行く。マントの揺れがさっきよりも大きくなった気がした。
ソロはげほごほと咽せ返りながら、心中で悪態を吐いた。
この、ロザリーバカが。


@クリフト

制服とはいえ、長い帽子はそれだけ通気性が悪い。有り体に言えば、蒸れる。
戦闘が終わって、額の汗を拭う。帽子を取って頭を軽く振ると、何故か皆の視線が集中していた。何かおかしいところがあっただろうか、と首を傾げていると、ソロがスッと指を伸ばした。指先は少し震えている。
「クリフトお前…それ、」
「え?」
ソロが指差す方向へと手をやると、ふわふわとした感触が伝わってきた。明らかに自分の髪質とは違う感触に驚いて手を引っ込めると、ミネアが手鏡を差し出す。覗き込んだそこに映った頭には犬の耳が生えていた。服の後ろに手を回すと尻尾も生えている。ヒク、と頬が引きつった。

恐らく先程の戦闘で魔物の血が付いたのが原因だろう、とクリフトは見当をつけた。人間と魔物は体のつくりや成分が全く違うため稀にこういう現象が起こる、と以前書物で読んだことがある。言ってみれば、魔物の体液に対するアレルギー反応のようなものだ。確か、一過性だった気がする。というより、一過性でなくては困る。

「多分、明日には治っていると思います」
「えー、戻っちゃうの?せっかく似合ってるのに。」
「…あの、姫様?」
「だって何か、クリフトって犬っぽいじゃない!」
パッと花の綻ぶような笑顔と共に言われた言葉に、悪気がないのは分かっている。分かってはいるのだが。犬っぽいと言われて喜ぶ人間はそういない。脱力したように肩を落とすと、マーニャがけらけらと笑いながら背中を叩いてきた。
…この人は、絶対に面白がっている。






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