小説 | ナノ





パタパタとスリッパを床に打ちつけながら玄関に向かい、ドアを開く。こちらを見て呆けたような顔をしている訪問者に首を傾げて、クリフトは手に持ったままの菜箸をくるりと器用に回した。


クリフトは、白いカッターシャツを肘の辺りまで捲り上げ、その上に薄い青色のエプロンを着ていた。端から見ても少々形が歪なそれは主君が自ら縫ってくれたもので、以来彼はこのエプロンを愛用している。裾の始末が上手くいっていないのはご愛嬌だ。三角巾を姉さんかぶりにして横を小さなピンで止めている。前髪はきっちりとその中に収められ落ちないようになっていて、詰まるところ料理の真っ最中だった。こうしている間にもトマトソースの中ではロールキャベツがくつくつと煮えている。

「あの……ソロ、さん?」
固まったままの訪問者の名前を呼べば、「ああ、うん、」と相変わらず呆けたような返事が返ってくる。ひらひらと顔の前で手を振ってみると、ソロは数回瞬きをした後、クリフトの頭から膝辺りまでをまじまじと眺めた。

「お前、何、その格好。」
「何って、料理をしていたんですが。」
「いや、そりゃ分かるけど。」
開け放した台所からは絶えず料理の匂いがしている。ソロは、すん、と鼻を動かして「…トマトソース?」と言った。微かな匂いでよく分かるものだ、と感心しているとぐぅ、と音がする。目の前の人物から聞こえたそれは、いわゆる腹の虫というものだった。沈黙が場を支配する。

「………」
「………」
「…ご飯、食べていきます?」
「……うん。」
コクリと頷いたソロに客人用のスリッパを出して、クリフトは台所へ戻った。ロールキャベツに火が通っていることを確認して火を止める。サラダ用の野菜は、洗って水気を切ってザルに上げてあるから、後は盛り付けるだけだ。スープも温めるだけだし、パンは食べる直前に焼けばいい。

「いただきます」と手を合わせる。吸い込まれるように目の前の料理が消えていく。そんなにお腹が空いていたのだろうか、と疑問に思いながら、クリフトは二杯目のロールキャベツをよそった。チン、と音を立てたトースターからパンを取り出す。ちなみに三枚目だ。別に料理は好きだし、これだけ食べてくれれば作った甲斐もあるから構わないのだが。
そんなクリフトの考えを読み取ったかのように、トーストを一口かじってソロが口を開いた。

「…シンシアの料理が、だな。」
アリーナの料理に酷似している、と続ける。エプロン云々の話から分かるようにクリフトの主君であるアリーナは家事が苦手だ。裁縫ならば多少形が歪になるだけだが、料理はほぼ消し炭と化す。それに酷似しているというのは、つまりはそういうことである。
定期的に体調不良に陥るんだ、と手で胃の辺りを押さえたソロは、律儀にも料理を平らげているらしい。
よろしければ今日の夕飯にどうぞ、と二人分のロールキャベツを容器に詰めて渡すと、唐突にソロに抱き締められる。感極まったように言われた「久しぶりに胃薬がいらない…」という言葉があまりに切実で、クリフトは自分より高い位置にある頭を撫でることしか出来なかった。

料理は愛情なんて幻想ですよ、

(111016)



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