似鳥作品‖伊神×葉山
「さよならの次にくる」の演劇部公演に希ちゃんではなく伊神さんが同行したら、という妄想。 フロント脇の自販機で缶コーヒーを購入して部屋に戻った伊神の視界に飛び込んできたのは、備え付けの浴衣姿でベッドに寝転び、規則的な寝息をたてている葉山だった。
「ちょっと、葉山君……葉山君、」 買ったばかりの缶コーヒーをサイドテーブルに置き、伊神はベッドの縁に腰掛ける。ギシリ、とベッドのスプリングが悲鳴を上げた。ゆさゆさと葉山を揺さぶると、「…ん、ぅ…?」というよく分からない声を出しながら目を開く。暫く瞬きを繰り返していたが、ようやく伊神の姿を認めたらしく、寝転んだままの姿勢でことりと首を傾げた。
「……いがみさん?なんでここにいるんですかぁ?」 「…ここは、僕の部屋なんだけど。」 平仮名で発音された、という表現がぴったりな葉山の声に伊神は一瞬訝しむような表情を見せる。しかし、葉山の顔を見て得心がいった、というように息を吐いた。
「…大分飲んでるね、」 「そんなことないれすよー?」 へにゃりと笑いながらえへへー、と日頃絶対に言わないような笑い声を漏らす。相当酔っ払っているようだった。どうせ演劇部のメンバー(主に柳瀬君)に押し切られたのだろう、と見当をつける。葉山が押しに弱いことを伊神はよく知っていた。 口から吐き出される息に、酒特有の匂いはあまり感じられない。大方、甘めの酎ハイかカクテルでも飲んだのだろう。ああいうのは甘い味の割に度数が高い。
ふわあ、と葉山が欠伸を漏らす。目を擦る様子からして眠たいようだ。飲んで眠くなるタイプなのか、とどうでもいいことを考える。酔ってもなお人に迷惑をかけることのない葉山の気質に、伊神は思わず苦笑した。
不意に葉山が「うで、」とだけ言う。訳が分からず何もせずにいると、焦れたように「のばしてください」と続けた。言われるがままに腕を伸ばすと、葉山が腕に頭を乗せ、いわゆる腕枕の状態になる。グリグリと胸に頭を擦りつけてくる葉山に伊神は辟易した。犬だったらパタパタと尻尾でも動いていそうである。視界に否応なく写り込む酔っ払い、もとい葉山の気持ちよさそうに目を細める顔を出来るだけ直視しないように注意しながら伊神は目を瞑った。
うつらうつらとし始めた頃、ちゅう、と唇に柔らかい感触を覚えて伊神は目を見開いた。いつの間にやら、葉山は伊神の顔すれすれまで迫っている。「葉山君…?」と呼び掛けてみたが、当の本人はすやすやと気持ちよさそうに寝息をたてていた。 ペロリ、と口付けられた部分を舌で舐める。甘ったるい味が舌に広がるとともに、仄かに牛乳の匂いがした。
「カルーアミルク、か。」 どうりで酒臭くない訳だ、という伊神の呟きは誰にも聞かれることなく部屋に溶けて消えた。
(110128)
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