その囚人は、この牢獄という場所にはおおよそ縁のなさそうな部類の男だった。
「悪い、クリフト…」 「いえ、お気になさらず。私は皆さんを信じていますから。」 「直ぐ戻ってくるから!」 「はい、お待ちしておりますね。」
牢の格子越しに話しかける面々に対して微笑む、クリフトと呼ばれた男は、牢獄に入れられたことなど全く構っていないようだった。挙げ句の果てには、何度も振り返りながら階段を上っていく一同に手まで振っている。 あまりにも牢獄と不釣り合いな雰囲気を醸し出しているその男がここへ来たのは、つい先ほどのことだった。
シスターのブロンズの十字架が盗まれた。部屋から出てきたところを丁度シスターと鉢合わせた、と聞いたときは随分間抜けな窃盗犯だと思ったが、どうやら入り組んだ城の構造に迷っただけらしい。年齢も性別もまばらな集団は、犯罪とはかけ離れた位置にいるようにみえた。しかしながらシスターのブロンズの十字架が盗まれているのも事実だ。 一貫として否認する一行を、女王様は真犯人の確保を命じ、人質を一人出すことを条件に釈放された。 たまたまその時最後尾にいた男が人質に選ばれた、という話は、後で同僚から聞いた。
「あの…」 「何ですか、」 「足の鎖を少し緩めてもらえませんか?」
筵を敷いただけの床に座り込んだまま、男は大きさが合わなくて痛いんです、と続けた。こいつは今自分が置かれている状況を理解しているのだろうか。 時折顔を歪めるのを見る限り、確かに大きさは合っていないようだ。
「できません。そもそも大きさが調節できるものではないので。」 「そうですか…」 「…外して差し上げましょうか。」
残念そうに俯いた男に問えば、男はきょとんとした表情をした後に「いいんですか?」と問い返した。自分から緩めろと言った癖に、よく分からない。 鍵を開けると、他の牢から罵声が上がる。それを無視して男の足の自由を奪っている鎖を外すと、声は一層大きくなった。余程大きさが合っていなかったらしく、見れば赤く跡がついている。長い裾の服を着ているせいか全く日に焼けていない肌にくっきりと鎖の跡がついているのは、かなり痛々しかった。 このまま返したら、あの一行に何を言われるか分かったものではない。特に、活発そうなあの少女。牢の壁くらいぶち破って行きそうである。
「他の兵に、薬草を持ってこさせましょうか。」 「あ、いえ。大丈夫です。」 男がホイミ、と呟き手を翳すと、緑色の光が足首を包み込む。翳していた手をどけると跡はすっかり消えていた。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。」 そう言ってまた微笑む神官は、やはり牢獄が死ぬほど似合わなかった。
光の中に生きる人
(110821)
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