自殺は聖職者の禁忌。 そんなことくらいミネアでも知っている。 そして、聖職者の彼が自らの腕に密かにメガザルの腕輪をつけていることも、ミネアは知っている。
久々の、長期戦だった。 次々と仲間を呼ぶ魔物は倒しても倒してもキリがない。全滅しては困るから、と前線が全員倒れるまでは馬車からでないように指示を受けている。どれだけ戦闘を重ねても、仲間がぐったりと倒れているのを見るのは慣れない。外からは相変わらず魔物の鳴き声しか聞こえず、状況が分からない。ミネアはそっと馬車の幌を押し上げた。 状況は、悲惨だった。二人は地面に力なく倒れているし、残った二人――ソロと、彼も大分消耗している。特に、彼が。腕の部分は布が裂け、血が滲んでいる。べったりと付着した彼のとも魔物のともつかない血液は、緑の服に気味が悪いくらいに映えた。その他にも無数の擦過傷。それでも懸命に、体に不釣り合いなほど大振りの剣を振るっている。彼の横には、彼の主君が倒れている。時折その横たわった体を見ては歯を食いしばる彼の限界が近いのは誰が見ても明らかだ。後、数分持つかすら怪しい。 ソロは、自分の周りの敵を倒すのに精一杯のようだ。何せ数が多すぎる。天空装備は守備力が高いため、それほど目立った傷はない。魔力もまだ残っている。
その時、突然彼の体から力が抜けて、自然体になった。どうぞ襲ってください、と言わんばかりの隙だらけの体制になった彼はふ、と笑みをこぼした。全てを悟ったかのような顔だった。 魔物が容赦なく加えた一撃にぐらりと体が揺らいだのに耐えられなくなって、ミネアは馬車から飛び出した。
――いけない。彼に、あの腕輪の効果を発動させては、いけない。 即死呪文を唱えるとき、彼の顔が泣きそうに歪むのをミネアは知っている。自己犠牲精神旺盛な彼は、人一倍生や死に敏感だった。
抱き起こした彼はまだ僅かに息をしていた。ミネアは、まだ完全な回復呪文が使えない。自分の不完全な回復呪文にもどかしさを感じながら、彼の顔に手を翳した。数秒の後、うっすらと目を開けた彼の腕には、まだ腕輪が鈍く光っている。それに安堵の溜息を吐いた。 襲いかかってきた魔物に彼が下げていた剣を引き抜いて応戦する。腕を振りかぶって一撃を叩き込むと、断末魔を上げて魔物は消滅した。次々と襲いかかってくる魔物たちを風の魔法で薙ぎ払って、カードを切る。
「絶対、死なせませんから。」 引いたタロットカードには、光り輝く太陽の絵が描かれていた。
(110829)
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