小説 | ナノ





窓から差し込む日の光で目を覚ました。
着替えて顔を洗って、朝食を食べて歯を磨き、靴を履いて駆け出す。向かった先は、花壇だった。

1ヶ月程前のこと。トレーニングにいい場所を探すべく城の敷地内を歩いていた。ふと覗いた花壇で、庭師が花の手入れをしているのに興味が湧いて「ねえ、私もやっていい?」と声をかけたのが最初だった。
「姫様に土いじりなどさせられません!」と断っていた庭師だったが、アリーナが何度も頼むうちに根負けして「では、簡単な仕事をお願いします」と意見を変えた。
こうしてアリーナは週に一回、花壇の手入れをしにくるようになった。

「今日は何をすればいい?」
「では、雑草を抜くのを手伝って下さい。」
「分かった。」
花壇の傍らにしゃがみ込むと、ブチリ、と雑草を引き抜く。暫くの間、無言で雑草と格闘し続けた。粗方目に付く雑草を抜き終わり、横に目をやれば抜いた雑草が小さく山を作っている。
額の汗を腕で拭っていると、よろしければどうぞ、と小さな花束を渡される。色とりどりな花が目にも鮮やかだ。

「これ、貰っていいの?」
「もちろんです。いつも姫様が草むしりを手伝ってくれるお陰で、こんなに元気に育ったんですよ。」
にこにこと笑う庭師にお礼を言って、アリーナは駆け出した。


「ねえ、クリフト見て!これ、庭師のおじさんがくれたんだけど…」
小さな花束を抱えて教会の奥に設けられた簡素な部屋のドアを開けると、部屋の主は小さなソファーに座って背もたれに体重を預け、すーすーと寝息を立てていた。開いた窓から吹き込んできた風がカーテンを揺らす。それに合わせて膝に乗せている分厚い本のページがパラパラと何枚か捲れあがった。読書中に寝てしまうなんてクリフトにしては珍しい。

それにしても、とアリーナは目の前の人物の格好を改めて見た。


――こんな姿勢で寝てたら、首が痛くなっちゃうわ。

膝に置かれた本を抜き出し、手が添えられていたページにしおりを挟んで机に乗せる。膝の下と背中に手を回して持ち上げた。壁を壊す程の力があるアリーナにとって、自分より背の高い男性を抱き上げるくらい何でもなかった。増してや華奢な体格のクリフトなど、いとも簡単に抱き上げられる。すぐ傍にあるベッドにそっと寝かせると、サイドテーブルに置いてある花束に目をやった。せっかくクリフトに見せようと思ってきたのにな、と少し残念な気持ちになる。南向きのため燦々と日の光が差し込むこの部屋では、直ぐに萎れてしまうかも知れない。

――キッチンに行って花瓶の代わりになりそうなものを貰ってこよう。

花束を持って立ち上がると、穏やかな顔つきで寝息を立てているクリフトが視界に映り込む。色とりどりな花束から一輪抜き出すと、深い青色をした髪に差した。差し色として使われたであろう白くて控えめな感じのする花は、どこかクリフトに似ている気がした。
そっと顔を寄せ額に口づけると、クリフトがん、と声を漏らす。起こさないように、静かに部屋を出た。

パタンと音を立てて閉まった戸の向こう側で寝ているクリフトの耳が真っ赤に染まっていたことを、アリーナは知らない。




(110808)



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