小説 | ナノ





カチャカチャと食器類の合わさる音と水の流れる音、焼きたてのお菓子みたいな香ばしい匂い。誘われるようにしてキッチンの戸を開けると、見慣れた後ろ姿が目に入った。

「クリフト?」
「あ、姫様。丁度焼き上がったところなんですよ。」
どうやら作っていたのはお菓子で間違いないようだ。クリフトの作るお菓子は美味しい。三人で旅に出てからも、お金に余裕がある時はパウンドケーキやクッキーを作ってくれていた。
洗ったボウルを水切り棚に立てかけて、エプロンの裾で手を拭く。皿から何かを手に取ると、手を後ろに回したままでこっちに向かってきた。


「姫様、あーん。」
声につられて口を開けると、クリフトが何かを入れる。もご、と口を動かすとサクサクした食感が伝わった。

「…クッキー?」
「ええ。野菜を使ったクッキーを試作してみたんです。お口に合いますか?」
「うん、すっごく美味しい!」
「ありがとうございます。宜しければ、他のも食べてみてください。黄色がかぼちゃ、緑がほうれん草、オレンジが人参なんです。」
説明するクリフトの顔はとても楽しそうで、本当にお菓子作りが好きなんだな、と思う。勧められるままに淡いオレンジ色をしたクッキーを摘んだ。確かに人参独特の仄かな甘味はあるけれど、言われなきゃ人参だとは分からない。

「これならソロも食べるんじゃない?」
「…だといいんですが、」
珍しくクリフトの顔から笑顔が消えて真剣な表情になる。さっきクリフトが指を差しながら説明したクッキーに使われている野菜は、ソロの苦手なものばかりだった。



ソロは好き嫌いが激しい。私も苦手なものはあるけれど、ソロ程じゃない。人参かぼちゃほうれん草ピーマングリーンピースセロリエトセトラエトセトラ。どれだけ細かく刻んでも、きれいにより分けて食べるのだ。クリフトは優しいから「食べなきゃダメですよ?」と軽く念押しするだけで無理強いはしない。私だったら無理矢理にでも口に突っ込むのに。






「腹減ったー。何か食うもんねえ?」
ひょこっとタイミングよく顔を除かせたソロにクッキーの皿を指差してみせると、途端にぱあっと顔を輝かせる。「なー、これ食っていい?」とクリフトに訊ねているソロは、目の前のクッキーに自分の苦手な野菜が使われているなんて夢にも思っていないだろう。きっと食べても気付かない。

案の定クッキーを食べるソロは満面の笑みを浮かべながら美味いを連呼している。それに「ありがとうございます。」と返すクリフトはどこかホッとしたような顔をしていた。

「ねえ、ソロ。このクッキー、何でこんな色してるか分かる?」
ほうれん草のクッキーを摘んでソロの目の前に翳すと頭に?マークが浮かべられる。

「バジルとかじゃねーの?」
「ハズレ。これね、ほうれん草なの。」
「げっ、マジで!?」
信じられない、といった顔でまじまじとクッキーを見つめるソロを見て、クリフトが「ソロさん、野菜が苦手ですから…。どうにかして食べられないかと思いまして。」と言葉を添えた。


「次はパウンドケーキにしようと思うんですけど……食べて下さいますか?」
「…因みに、次は何入れるんだ?」
「そうですね…いつも残してますし、ピーマンとかどうです?」
「だってアレ苦いじゃねえか…。まあ、今回みたいなヤツなら食えるけど。」
「最終的には、普通の料理でもちゃんと食べれるようになってもらいますからね。」
「う、が、頑張る…」
窘めるような口調でクリフトが言った途端に、ひく、と分かりやすい程に顔をひきつらせたソロを見て思わず笑みがこぼれた。


ドメスティック・プリースト

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いつもに増して勇者がガキっぽい気がするのは私だけですか。
(110615)



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