小説 | ナノ





用がなくとも上りたくなる程度には、高いところが好きだ。見晴らしはいいし、風は気持ちいい。高いところを毛嫌いするクリフトにそう言って「そんなの、バカと煙だけで十分です」と苦々しい表情をされたことも、「じゃあバカでいい」と返して機嫌を損ねたのも、記憶に新しかった。

「や、です!嫌です!私は行きませんからね!」
頑として動こうとしないクリフトを横抱きにして馬車の幌を押し上げる。イヤです、下ろしてください、と子供のように駄々をこねるのも無視して上へと歩を進めた。こつこつとブーツの底が枝を打つ音だけが谺する。ここまで強くなってしまえば、道中で魔物に襲われることもない。青い匂いを乗せた風が、するりと頬を撫でた。
「なんで私なんですかあ、」
「だって、こうでもしないと自分からくっついてくれないし」
極力景色を見ないように俯いていた顔が上がる。その目は大きく見開かれていた。溜まった涙がぽろ、と零れる。たっぷり数秒間おいて、呆けたまま固まっていた顔に朱が差した。眉を寄せて今にも泣き出しそうな表情をして、首筋に顔を埋める。
おうじなんて、きらいです。
ぐす、と鼻を啜るクリフトは、それでも首に回した腕を解こうとはしない。

(130713)



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