小説 | ナノ





ソロは狐である。それは、どうしたって変わりようのない事実だった。生まれたときから頭の上には尖った耳があって、腰の辺りからは尻尾が生えていた。口の中には肉を引き裂くのに適した鋭い犬歯があった。直立二足歩行をするとか、人語を解したりするとかいったことは些末な問題に過ぎなかった。
数日間獲物にありつけないでいたら、ふとした弾みで転んで以降起きあがれなくなった。栄養が足りないと主張する腹の音を聞きながら、少しずつ瞼が落ちていくのを感じる。ああこのまま死ぬのか、と考える頭は妙に冷静だった。せめて最後に兎とか食いたかったな、と自分の好物に思いを馳せながら、ソロは意識を手放した。

時を同じくして、クリフトは兎だった。直立二足歩行をして人語を解する兎だった。頭のてっぺんから生えた細長い耳は、感情に合わせてひょこひょこ揺れた。また、幼い頃から体が弱かった彼は、大半の時間を住処の中で過ごしていたせいか、少々感覚がずれていた。例えば、行き倒れた狐に「大丈夫ですか?」と声をかけてしまう程度には危機感が欠けていたし、反応が無い狐をそのまま介抱してしまうぐらいにはお人好しだった。自分の膝の上に狐の頭を横たえて、読みかけの本を手に取る。夕食の準備に取りかかるまでには、大分時間に余裕があった。

「あ、気づきました?」
行き倒れた地面の固さとは異なる柔らかい感触。ついに天に召されてしまったのかと考えるソロの耳に、穏やかな声が響いた。声の方向に顔を向けて、思わず自分の目を疑う。相手の頭のてっぺんにある長い耳と白い肌は、どう見ても兎のそれだった。バネのように跳ね起きて、まじまじと見つめると、相手は疑問符を浮かべながら小さく首を傾げてみせる。合わせてひょこりと揺れた耳が、私は兎ですよ、と主張していた。
飢えに苦しむ自分の前に、細身ではあるが兎がいる。無防備に晒された首筋は、うっすらと血管が透けていた。ここに噛みつけば、簡単に仕留められる。全身の毛がざわりと逆立つ感覚がした。手首を掴み、自分が横たわっていた位置に兎を引き倒す。服の首元を緩めた辺りで掠れた悲鳴が聞こえた。本能的な恐怖を感じ取ったのか、小刻みに体が震えている。しかしいくら何でも遅すぎやしないだろうか。よく今まで捕食されずに生き延びたものだ、と妙な感動を覚えていると、蚊の鳴くような声がした。

「あ、あの、」
「何だよ」
命乞いをされても止める気など毛頭無いけれど、最期の言葉を皆まで言わせず食らいつくほど薄情でもない。兎の中でも取り分け非力らしい彼は、抵抗らしい抵抗もしてこなかった。手首を掴む力はそのままに、首筋に寄せた顔を引き上げる。涙で揺らいだ瞳は、それでも真っ直ぐソロを見ていた。
「や、やさしくしてください…」
いたいのはいやです、と弱々しい声で続けられて、体中を電流が走る。正体不明の何かが食欲を上回った瞬間だった。思わぬ迎撃を受けたソロが道を踏み外すのに、さほど時間はかからなかった。


(130526)



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