「ねえねえどうしようニース、ぼく、幸せ過ぎてこわいよ!!」

 ニースはとても困った顔をして首を傾げました。彼の臆病癖はよく知られるところですが、彼女にもどうしようもないことはあります。
 顔をくしゃくしゃに歪めるジャグジーはちょっぴり情けありません。けれど彼女はそんなジャグジーが好きで好きで仕方がないので、努めて優しく名前を呼んで、背中をそっと撫でであげるのです。

「ジャグジーは幸せなのが嫌なの?」
「まさか、そんなわけないよ!」
「じゃあ幸せでも良いじゃない」
「でもさ、でも、怖いんだ」

 そよそよと二人の間を風が通り抜けます。青青とした若葉とたっぷりとした土の匂い。暖かな陽光を余所に、ニースはやはり困っているし、ジャグジーはやはり悲しそうです。
 どうして?と彼女は尋ねました。背中にあてた手はそのままで、優しく。
 ジャグジーはしばらくの間じっと口を閉ざしていました。まるで口に出したら現実になってしまうとでもいう様子でした。しかし柔らかい色の左目に見つめられ数分間、ついにほとりと呟きます。

「全部夢なんじゃないかって」
「……何が?」
「だから、全部さ。朝起きて、ご飯を食べて、みんなは相変わらず騒がしくて、それからニースがいて……。
 今までやったたくさんの危ない事の内のどれかで、本当は僕は死んじゃってて、その時からずっと夢を見てるんじゃないかって」

 ぱちぱちと隻眼が瞬きました。ずいぶんと突拍子もない想像です。しかしジャグジーは真剣に、本当に真剣に悩んでいるのに違いないのです。
 背中にあてていた手を離して左手を握ると、きゅっと握り返されました。幼い頃からずっと知っている手です。
 十数年の年月を経て、その手はとても大きくなりました。いつも頼りないジャグジーですが、筋張ったそれに触れるたび、男の子なのだとニースは実感します。もう二十歳も近いのだから本当は男性と表現するべきなのでしょうが。

「私にはどうなのかわからないけど……」

 フェリックスの自信に溢れた顔を思い出します。彼曰く、この世は全て俺の夢なのだとか。そうしたら途中からどころか、二人は最初から夢の中の登場人物ということになります。
 それでも彼女は悲しみ嘆く気にはなれませんでした。もしかしたら本当に、全てが夢なのかもしれません。しかしそれはそんなに重要なことでしょうか?
 ニースはにこりと笑いました。

「ジャグジーが隣にいるなら、別に夢でもいいわ」

 朝起きて、ご飯を食べて、みんなは相変わらず騒がしくて、それからジャグジーがいて。すっごく幸せだけど、怖くなんてないわ。

 ジャグジーはそっとニースの手を離して、自分と同じ背丈の体をそっと抱きしめました。それから肩に顎を乗せて、ううんと唸りました。
 どうにもはぐらかされたような気分です。ジャグジーが怖いのは、幸せのその先なのです。
 けれどニースに染み付いた火薬の匂いを吸い込むと、段々彼にもどうでもよいことに思えてくるのでした。普段は恐ろしくて仕方がない匂いなのに不思議です。

「ねえ、あのさ」
「何?」
「僕、君のこと好きだよ」

 ニースはうん、と頷きます。今更だなんて笑えるはずもありません。

 そよそよと二人の周りを風が通り抜けます。
 春の匂いのする、ある日のことでした。



恋は





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素敵企画「私と君のボーダーライン」様に提出させていただきました。ありがとうございました!
書きながら、bcnのゲームでジャグニスに「片方が死んで、残された方は自殺を選ぶ」バッドエンドがそれぞれあったことを思い出しました。ところで二期はいつからですか?



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