オーバーラン!
ジェネシスが負けた。父様が逮捕された。星の使徒研究所はもう無い。
一度に沢山のことが起こり過ぎた。完全に事情を飲み込みきれないままに、私は涼野風介に戻った。
「…どこだ、ここ」
ふらふらとうろついていたのは商店街。やたらと稲妻形の飾りがあるが何なのだろう。不意にきゅう、と胃袋が音をたてる。そういえばここ最近、食事と言えるものをとっていなかったのだったな。
施設を出て一ヶ月になる。私は養子としてとある家に引き取られた。生活は悪くなかった。むしろよかったと思う。養子先の人はとても優しかったし、たぶん実の子供のように私と接してくれていた。なら、なぜ出ていったのだろうか。
…わからない。
迷惑も心配もかけているとは思ったけれど、戻る気にはなれなかった。
「…グラン、バーン…」
そしてガゼル。そう呼ばれていたあの時の感覚が抜けきらない。…もう疲れた。それに腹も減った。これではいずれ行き倒れてしまうだろう。それもいいかもしれないが。
俯いていた視線を上げる。と、どこか見覚えのある顔が見えた。角のように立った髪、目立つオレンジのヘアバンド、そして雷門のジャージ。ああ、そう言えば彼のような奴と戦ったっけ。そうぼんやり考えていると、彼がこっちに気付いた。ただでさえ大きな目が見開かれる。
「ガゼル!」
はっきりと、そう呼ばれた。その瞬間、走り出していた。
出来る限りの全速力で走ろうとする。が、エイリア石も無く、体力も尽きかけている今はあの頃のように走れない。
「おい、待てよ!」
それに反応するように角を曲がって路地に入る。顔を上げて気付いた。行き止まりだ。
「…くそっ」
置いてある箱に乗って塀を乗り越えようとしていると、彼も角を曲がって走ってきた。慌てて腕に力を込め、一気に向こう側へ降りようとすると、バランスが崩れた。
「――!」
「ガゼル!」
「…?」
思っていたほど痛くない。というか、背中から何か熱を感じる。ゆっくりと目を開いた。
「大丈夫か?どっか打ってないか?」
「円堂…守…?」
いきなり落ちてきたから驚いた、と苦笑された。
「…すまな、い」
「いや、別にいいって!…それより、」
つかまえた。
「なんて、な」
「…あ」
何時の間にか手首を掴まれ、逃げ出せなくなっていた。悪戯っぽく笑う円堂守に、なぜか心臓が大きく鼓動を打つ。
「離し、て…くれないか」
「そうしたらお前逃げるだろ?」
それに沈黙すると、冗談だよ、と笑って彼は手を離す。代わりに体を支えてくれ、立つことが出来た。
「それにしても、何でお前がこんなとこに…」
「…さぁ、な」
「さぁ、って…」
疲れたように微笑むと、彼との間に沈黙が降りる。言葉が見つからないのか俯いた円堂に倣うように、視線を地面に落とした。
きゅうう。
「え?」
「…ぁ…」
呆けたように顔を上げる彼。羞恥に頬が熱くなっていく。俯いたまま、そっと腹部を押さえる。
「腹、減ってんのか?」
「……」
「…ちゃんと飯食ってるのか?」
「…最近、食べて…な、い」
呟くように言えば、何やってんだよと言われる。そして、また手首を掴まれた。
「え、んど」
「丁度いいや!ゆっくり話してみたかったし、いいとこ連れてってやるよ!」
「い、いや、別に…」
「気にすんなって!」
「響木監督ー!」
「おお、よく来たな、円堂」
響木監督、と呼ばれたその人に軽く会釈をする。丸いサングラスの奥で目が少し開かれるのが見えた。
「お前さん、エイリア学園の…」
「涼野、です」
「そうか。まぁゆっくりしていけばいい」
「…どうも」
円堂に連れられてカウンターに座る。正直、凄く居心地が悪い。エイリア学園時代の自分を知っている大人の前にいる、というのが。それに気付いているのかいないのか、円堂は笑顔で話しかけてくる。
「響木監督は、フットボールフロンティアに優勝するまで俺達の監督だったんだ。その後、瞳子監督に代わって…」
「ふぅん」
「お前はヒロトと違って、瞳子監督を知らなかったんだよな」
「グラン…ヒロトが話すのは聞いていたけどね。会った事は無かった」
あの頃の私には、父様しかいなかったから。
その言葉を飲みこんで、円堂の話に適当に相槌を打つ。と、彼の前に湯気をたてるラーメンが置かれた。響木監督がこっちを見て、苦笑しながら言う。
「こいつの話は煩いだろう」
「いえ、そんな」
「ま、サッカー馬鹿だからな」
「だって俺、サッカー大好きですから」
そう照れくさそうに笑う彼。また心臓の鼓動が響く。そして私の前にもラーメンが置かれた。醤油のいい香りにまた腹が鳴る。二人に微笑まれて何だか気恥ずかしい。
「さ、食おうぜ」
「ああ。…いただきます」
「あ、いただきます」
スープを一口飲む。空腹なせいか、体に染み渡っていく感じが気持ちいい。息をつくと、うまいだろ?と円堂が笑う。小さく頷いた。
雷雷軒での食事を終えた後、私達は鉄塔広場という所に来ていた。円堂はここがお気に入りの場所なんだそうだ。ベンチに座って他愛も無い話をした後、彼は言った。
「で、ガゼル。これからどうするんだ?」
「一旦帰るよ。心配かけてるだろうしね」
「そっか。また会えたらいいな!」
「そうだね」
会えたら、ね。
何も知らない円堂守に微笑みながら、出された拳に自分の拳を軽くぶつけて、別々の方向に歩き出す。
言われなくても君に会いに行くよ、海を越えて。
Over lan'!
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黒星カオス/Cynical girl
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