ラムネに揺れる | ナノ


「久しぶりネ」

「そうだねィ」


まさか、またこいつとこんな風に肩を並べることができるなんて思ってなかった。

あの頃の、俺の彼女に。



ラムネに揺れる



高い酒の瓶が並ぶ棚を前にして座るバーカウンター。隣には俺の初恋であり、初めて彼女になった人物がいる。

「元気だったかィ、ほんとにご無沙汰だな、神楽」

「そうネ、なんか久々過ぎて総悟、老けたみたい」

ふふっと手を添えて微笑む神楽には、もうあれから五年も経つというのに、まだ半分、幼さが残っていた。

「うっせ、毎日毎日土方と顔合わせたり書類纏めたりパソコン画面と向き合ってみろよ」

「うっわきついアルナそれ」

「そうでさァ」

「でも、トッシーも元気そうネ」

「まァな、ああいう奴ほどしぶとくて中々死なねェもんでィ、全く」

「そうアル」

そんな会話をしながら、俺は鬼嫁、神楽はサイダーみたいなカクテルに口を付ける。なんだか変な感じだ。あの頃はまだお互い高三で、酒なんかより、祭で飲むラムネのが魅力的なガキだったのに。

「……お前は、綺麗になったなァ、童顔なのは変わりねぇみたいだけど」

「急にキザなこと言うと思ったら、一言余計アル」

お互い、話せば喧嘩腰。でも、それが心地良くて、それが俺たちなりの愛情表現だった。心なしか神楽の頬もうっすら赤い。それが酒のせいか、さっきの言葉のせいかは分からないけど。

でも確かに、神楽はかなり綺麗になった。もとから可愛さの方が強い外見だが、今はもう、大人の女性と呼べる姿だ。もっとも、笑ったときの顔には、まだまだガキっぽさが残るが。

「つかさっきから匂うんだけど、お前の香水」

「んー、元彼から貰ったやつなのヨ」

「っ…」

一瞬、口に含んだ鬼嫁を吹き出しそうになった。だが、間一髪のところでなんとか飲み込む。喉を通る液体がぬるい。そして変な飲み方をしたからか、少しむせる。

「ちょっ、そんなに驚くとは思わなかったネ、ごめん嘘アル、ほんとはそよちゃんがくれたやつアル」

「な…なんでさァ」

その言葉に嘘はないようで、俺はほっと胸を撫で下ろす。自分でもこんな反応するとは思わなかった。よく考えれば五年も間が空いていて、神楽だってもういい年なんだ、恋人がいたっておかしくないじゃねーか。

けど、自分が本気で惚れた奴、そんな話は聞きたくない。むしろ、今もまだ好きなままな自分の気持ちを彼女に聞いてほしい。

なんて今更、かもしれないが。

「まだ徳川と仲良いんだねィ」

「当ったり前アル、オンナの友情ナメんなヨ」

「そうかィ」

徳川と神楽は、高校のときからすごく仲が良かった。とくに、今思えばくだらない喧嘩で神楽を泣かせちまったときは、素直に謝れない俺にかつを入れに来た。意外にも根性があって、肝が据わった奴だった。

確かに神楽と徳川は互いに互いを大切にしていて、大好きなんだと思う。



でもあの日、夏休み最後の日に神楽と行った夏祭りでだけは、前日に泣きながら頼みこんできた徳川の頼みを聞けなかった。

俺と神楽が別れる、否離れなければなかった、あの日。


「なァ神楽」

「なにアル」

「そろそろ、今日会おうって言ってきた理由、教えてくんねぇ」

そう、今こうして二人で会っているのは、他でもない、神楽からの誘いだった。

それは遡ること数時間前、突然の電話から始まった。五年間、聞きたくて聞きたくてしょうがなかった声。そして、会おう、という誘い。

俺は少し戸惑ったものの、やはり会いたいという気持ちが押して、その話に乗った。でもずっと、そう言い出した神楽の真意が知りたかった。


「私、あの日、ほんとはもう総悟にばれてたって知ってたネ」

あの日、とは、やはりあの最後に行った夏祭りのことなんだろう。

「でも、総悟、なんにも言ってこなかったから」

実は前日、俺は徳川から知らされていた。神楽が、父親に言われて新学期に国へ帰ろうか迷っていたことを。

「迷ったけど、総悟はなんとも思わないのかな、と思って…」

神楽は、最後まで自分よりも俺の心配をしていて、徳川はそのことについて、俺に思っていることをちゃんと神楽に言ってほしいと頼んできたのだ。

きっと徳川は神楽に行ってほしくなかったんだろう。でもそれを言うのは自分ではないと解っていたから俺に頼んできたんだ。

だけど当日、俺は言えなかった。時間はあったのに、言えなかった。

たった一言、「行くな」って。

「だから、日本に帰ってきて、一番に聞きたかったアル」

気づけば神楽はぽろぽろと涙を零していた。それが儚くも綺麗にカウンターにぶつかって割れる。硝子に、きらきらと反射するその水滴は、ほんとに宝石みたいだ。

「神楽……」

「ねぇ、総悟は、あの時」

"なにか言おうとしたの"と言い切る前に、俺は神楽を抱きしめていた。

「神楽、ごめん、あの日俺、ほんとは行ってほしくなかったんでィ」

今は目の前のバーテンダーも周りの客も気にならない。そんなことより、久々に抱きしめた感触が懐かしくて、また神楽を泣かせちまったことが情けなかった。

「俺、ずっと神楽のこと好きなままなんでィ、もうどうしようもねぇくらい、なのに、ごめん」

そしてぐっと手に力を込める。すると、神楽も返すように背中に手を回してくれた。

「よかった、私も、あの時あのまま帰ってしまったけど、やっぱり総悟が忘れらんなかったアル、ずっと大好きだったアル」

これは悪酔なんかじゃない、だって痛いほど神楽の手の温もりを感じる。


あの日止まった俺たちの関係は、また動き出したんだ。もう、絶対に離さない。


ラムネに揺れた想いは、今また、反射して輝き出した。







end*

硝子様への提出作品
ありがとうございました!

2010.6.27
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