02


“逢いたい”

そう思っても、彼には連絡先も引越し先も教えずに別れてしまったから、今彼がどこで何してるかなんて、私には知る由もない。

所謂“家庭の事情”という奴で、私は急に大阪を離れなくてはならなくなった。

『夕妃、あんたは東京でウチのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんと暮らすんよ』

母親だった人は大阪を離れる1週間前にそう告げた。
混乱する私を差し置いて、両親の離婚や私の親権譲渡など様々な手続きが進められていった。
母親の言葉を聞いてからというもの、自分がずっと悪い夢でも見ているような感覚しかなかった。

だから、彼に大阪を離れることを言えなかった。
口にしてしまえば、現実だと認めてしまうことになるから。

まだ中学生になったばかりの私には、両親の離婚も、大阪から東京へ引っ越すことも何もかもが受け入れられなかった。

けれど現実というのは残酷で、容赦なく時は過ぎ、心の整理もつかぬまま、私は母親に手を引かれて新幹線に乗り込んだ。
学校には「世間体が悪いから」という両親の勝手な都合で、大阪を出る前日に知らされた。
そのため、新幹線のホームにはクラスメイトはおろか、彼の姿もなかった。

東京駅に着くとお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが優しく出迎えてくれたけど、正直生まれてから1度も会ったことがない人たちをすぐには身内だなんて思えなかった。
そして、母親は戸惑っている私を無言で祖父母に託して、母親ではなくなった。

最初は馴染めなかった東京での暮らしも年を重ねるに連れて慣れていった。
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも優しくて、初めこそはぎこちなかったけれど今では自信を持って家族だって言える。
それと同時に自分が大阪を離れなくてはならなかった理由も何となく理解していった。

父が勤めていた会社の倒産。
残された借金。
母親の浮気。

私が知らないだけで私の家族はとっくに崩壊していたらしい。
それでも私を施設ではなく、自分の両親に預けてくれたのは、母親だったあの人なりの優しさだと今では思っている。


***


『え、大阪?』
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、私を何不自由なく育ててくれた。
高校も自由に選ばせてくれたし、大学も好きなところに行けばいいと言ってくれた。
そんな2人に「大阪の大学に行きたい」と言えば、祖父母は揃って顔を顰めた。

『何も嫌な思い出が残る場所に行かなくてもいいんじゃないか』
『東京のほうがたくさんあるじゃない、大学』

お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは、母親が大阪に出たせいで道を外したと思っている節があるため、私を何とか東京に残らせようとした。
けれど、どうしても今通っている大学じゃないとできない研究があると言えば、お祖母ちゃんは案外すんなりと、お祖父ちゃんは渋々という感じだったけれど、そこまで言うなら仕方ないと、私の大阪行きを許してくれた。

でも、ごめんね。
今の大学を選んだ理由は嘘じゃない。
けれど、大阪に行きたい本当の理由は『逢いたい』から。
私が選んだ大学は四天宝寺生の通学範囲内にある。
だからここに帰れば彼に逢えるかもしれない。
そう思って、私は再び大阪の地を踏んだ。


けれど大阪だって東京ほどではないけれど、かなりの広さがある。
しかも、彼だってとっくに進学か就職をしているわけで、大阪の、元居た地域にそのまま残っているとは限らない。
偶然に出会える確率なんて、きっと宝くじに当たる確率よりも低いだろう。
実際大阪に戻ってきて既に2年経つけれど、1度も会ったことはない。

「阿呆、だな、私」
ぽそり、と呟けば、途端に眦が熱くなる。
溢れる涙が毀れないよう上を向いて、夕焼け色の空に問いかける。

「ねぇ、蔵くん」

貴方は今どこにいますか?




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