休日の駅前。
待ち合わせの目印に使われるモニュメントの前には大勢の人が集まっている。
その中で一際目をひくミルクティ色。
周囲で人を待っているのであろう女性陣が彼のほうをちらちらと見遣りながら何かを話している。

やっぱり恰好いいもんね……。
昔は可愛いって感じだったんだけど。

そんなことを思いながら、注目を集めている彼に声をかけるべきか否か迷っていると、伏せていた視線をあげた彼の方が私に気づいてくれた。

「夕妃!」
大人びた彼の顔が、笑み崩れる。
そうすると、少しだけ昔の可愛らしさが覗く。
彼がこちらに駆け寄ってくると、それに合わせて人々の視線もこちらに向けられる。

うわ、さっき彼を品定めしてた人たちに睨まれた。

内心でびくびくしていると、彼はきょとん、としたように首を傾げた。
けれど私の視線が彼の後ろに向いていたせいか、すぐさま状況を理解して、不特定多数の人の目から私を隠すように肩を抱いた。

「蔵くんってすごいね……」
「俺としてはええ気分やないけどな。見世物ちゃうっちゅうねん」
思わず感嘆を漏らすと、蔵くんは端整な眉を寄せた。

「ごめん、私も少し見惚れてた」
陽射しに透けてきらきら光る髪とか、モニュメントに凭れかかるようにして佇む姿とか、ものすごく絵になっていたから。
素直に感想を述べれば、「夕妃ならええわ」と頭を撫でてくれる。

「ね、こんなこと訊くのも変だけど、軟派されることってあるの?」
今の待ち合わせだけで、あれだけの注目を浴びるのだ。
彼が独りで街を歩いていたら、声を掛ける人も少なくないのではないだろうか、という素朴な疑問だったのだけれど。

「時々あったなぁ……。正直そういうん苦手やから必死で振り切っとたけどな」
心底困ったように苦笑する蔵くんにそうなんだと相槌を打つと、

「俺には夕妃だけやから」

と私の頬を紅く染めるには充分すぎることを宣った。


中学1年の時、私が家庭の事情で逃げるように大阪を離れて以来、1度も逢っていなかった彼。
お互いだけが知る秘密の場所で、運命的な再会を果たしたのがつい先日のこと。
とっくに忘れられていると思っていたのに、彼と私の想いは通じ合っていたという本当に奇跡みたいな話。


今日はそんなあの日以降、初めて2人で出かける日。
中学時代に付き合ってた頃にだって何度か2人で出かけたことはあるはずなのに、物凄く緊張する。
今も電車で隣に座っているだけなのに、心臓が早鐘を打って仕方がない。

「緊張してるん?」
ふと、頭上から柔らかな声。

「う、うん……少し」
顔を上げて素直に頷くと、肩を引き寄せられて、2人の間にあった小さな隙間が埋められる。

「実は俺もや」
心臓の音聴いてみ、と彼は自分の胸に私の頭を押し当てる。

「さっきからバクバク言うててしゃーないねん」
彼の体温と一緒に伝わってくる鼓動のリズムは私のそれに負けないくらい速くて、少し驚いた。

「夕妃があんましにもかわええから」
肩を抱き寄せる腕にそっと力を込められる。
耳元で囁かれた甘い言葉に、私の鼓動は更に加速した。

「それを言うなら蔵くんだって恰好よくなりすぎだよ……。おかげで心臓飛び出そう」
絶対朱に染まっているであろう顔を隠すようにそっぽを向いて文句を言えば、頭上から「俺らってホンマ似たもの同士やな」と、返されて2人して笑い合った。


そんなことをしているうちに、目的の駅に到着した。
電車を降りて向かうのは、私たちを再び引き合わせてくれた神様が坐す通天閣。
観光客に混じって展望台行きのエレベーターに乗ると、次第に外に見える建物が小さくなっていく。

この前ここを訪れた時は、見下ろす街並が以前と変わっていたことにただ切なくなるだけだったけれど、今日はそれさえも穏やかな気持ちで眺められた。

「夕妃、あのテーマパーク行ったことないん?」
「うん。なんか、機会がなくて……」

通天閣から西に見える巨大遊園地。
1度も訪れたことがないと言うと、彼は少し目を見開いた。

「せやったら次はあそこにしよか」
「え?」
「今度のデートの予定」

立てたらあかん?

こてんと首を傾げる彼に勢い良く首を横に振って答える。

「すごく嬉しい……!」

次を当たり前のように約束できる。
蔵くんと再びそういう関係になれたという奇跡を起こしてくれたのは、ここに坐すひょうきんな顔の神様。
2人でその神様にお礼をしようと、展望台の中にある神社を訪れると、鳥居の中には先客がいて、何やら熱心に拝んでいた。
よれよれのトレンチコートに不思議な柄のチューリップハットという何やら怪しげな恰好をしていたから、ちょっと近づけない。

「前の人すごいね……。何拝んでるんだろ?」
「……多分馬券の当たりやろ」
蔵くんに問えば、渋い顔で答えが返される。

「何でわかるの?」
私の問いに苦笑を返して、蔵くんは小さく嘆息をつくとつかつかとその人に歩み寄り、その肩を叩いた。

「オサムちゃん、後がつかえてるんやけど」
蔵くんのほうを振り返った先客の男の人は、「おっ、白石、また会うたなー」と豪快に笑う。

「何や、また祈願か?」
「や、今日はお礼に来たんや」

親しげに話す2人の会話に入って行けずにいると、蔵くんにそっと手を引かれて抱き寄せられた。

「願い、叶うたんで」
男の人は蔵くんの言葉にまじまじと私を見つめる。

「自分、立花か?」
驚いたような彼の口をついたのは私が大阪にいた頃の姓。

「あ、はい」
何故この人が知っているのだろうと戸惑いながらも頷くと、男の人は感慨深そうに笑み崩れた。

「良かったなぁ……ホンマに。白石もしつこいくらい想い続けた甲斐があったちゅうもんや」
「しつこいは余計やで、オサムちゃん」
間髪入れずにつっこむ蔵くんに、彼はハハと笑う。

「でも想い続けたんはホンマやろ?」
「それはまぁ」
「ちゅうわけなんや、立花」
突然話を振られて、少し目を見開く。

「白石のこと大事にしたってな」
娘を嫁にやる父親のような、とでも喩えればいいのだろうか。
そんな眼差しをした男の人に真剣な顔で頷き返せば、蔵くんも同じことを思ったのか、「俺はオサムちゃんの娘か!」と勢い良くツッコミを返す。

「ちゃうけど似たようなもんや」
何せお前らは俺が監督になって初めて3年間面倒みた生徒やからな。

急に真面目な口調になった彼の言葉に、四天宝寺中の先生だったんだと得心がいった。
蔵くんは、予想外の返答に虚をつかれたように目を丸くしていたけれど。

「……オサムちゃん恰好ええこと言いすぎや」
「はっはー、オサムちゃんはいつでも恰好ええで?」
照れたように笑う蔵くんに、先生は軽口を返す。
「ま、これ以上邪魔するのもなんやからオサムちゃんは退散するわ」

お幸せに、と言い残してトレンチコートを翻した背中を見送る。

「素敵な先生だったね」
「まぁ賭け事好きなんは玉にキズやけど、ホンマ色々世話になったわ。夕妃に逢えたんもビリケンさんとオサムちゃんの御蔭やし」
「そうなの?」
「おん。このお守りオサムちゃんがくれへんかったら俺、多分ここには上ってへんかったし」

蔵くんがポケットから取り出したのはビリケンさんのキーホルダー。
それを見て、今はもう見えないトレンチコートの背中に小さくお礼を言った。

「ほな、俺らもお参りしよか」
蔵くんに促されて、2人でお賽銭を投げる。
神社の作法に従って、頭を垂れる。

「夕妃に「蔵くんに逢わせてくれてありがとうございました」」
小さく呟く声が重なって、2人して頭を下げたまま顔を見合わせる。

「「これからも見守っていてください」」

最後にそうお願いして、私たちは通天閣をあとにする。

去り際、振り返った先にいた神様が、いつもよりほんの少しだけ笑みを深くしていた気がした。




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