09


四天宝寺を訪れた翌日。
1コマしかない今日の講義を終えると、俺はオサムちゃんに貰たビリケンさんのキーホルダーを持って通天閣に向かった。

ここを訪れるのは夕妃と初めてデートして以来。
今まで誰に誘われても決して足を向けんかったんは、彼女との思い出の場所やから。
夕妃以外の人との思い出でそれを上書きするんは嫌やった。
それなのに、ふと登ってみたくなったんは手の中にあるひょうきんな顔が、何かを変えてくれるような気がしたから。
神頼みなんて、あんまし性には合わへんのやけど。

そんなことを考えとるうちに、エレベーターが最上階の展望台に到着した。
眼下に広がる大阪の街並。
生まれてからずっとここに住んどるから、普段はあまり気ぃつかへんけど、上からみるとこの街も変わってってるんやなと思う。

例えば、西に見えるテーマパークやって、彼女と上ったあの時には、まだ完成すらしてへんかった。

時の流れとともに変わっていく街や人。
俺やって外見はあの頃と比べると随分成長したと思う。
せやけど、心だけはあの時で止まっとる。

俺が想い続けとる彼女やって、違う場所で違う誰かと幸せになっとるのかもしらん。
そんなこと、ずっと前からわかっとった。
けれど、諦めることなんてできんかった。

このままずっと夕妃に逢えなくても。
例え、彼女が他の誰かと幸せになっとっても。
俺はずっと彼女を想い続けるやろう。
それくらい、夕妃は大切な人やった。

「未練、ちゅうやつやな……」
吐息にも似た呟きを漏らして、ふと視線を向けた先には、手にしているキーホルダーとおんなじ神さん。
その像が祀られとる祭壇みたいなもんの両脇には、ぎょうさん絵馬が掛けられとった。
近付いてそのうちのひとつを手にとってみると、相合傘の下に男女の名前。
そして“ずっと一緒にいられますように”の文字。

『『ずっと一緒にいられますように』』

あの時の俺たちもこの絵馬とおんなじ願いをしとったのを思い出して苦笑がこぼれた。


掛けられている絵馬を眺めとると、“志望校合格”やら“両想いになれますように”、果ては商売繁盛、病気平癒に至るまで、本当にありとあらゆる願い事があって、思わず笑ってしまう。

こんなにたくさんのお願いされたら、神さんもひとつやふたつ叶え忘れてしまうこともあるんかもしれんな。
俺たちの願いもそんなふうにして、忘れられてしもたんかも。

なんて、随分と神さんに失礼なことを考えながら、絵馬に書かれてる文字を視線で追う。

「……?」
その視線がある絵馬でぴたりと止まった。

“逢いたい”とだけ書かれた絵馬。
絵馬を書いた人物の名前はおろか、逢いたいに対する目的語すらない。
唯一特徴的なのは、まるっこくて可愛らしい文字がところどころ何かで滲んでしまっとることくらい。
けど、その丁寧な文字はどことなく記憶の中にある彼女が書いた字に似とる気がする。

まさか。

『その子もお前みたいにここに思い入れがあった子なんやないかって思ったんや』
昨日聞いたオサムちゃんの言葉がフラッシュバックする。

四天宝寺のテニスコートを眺めながら、泣いていたという俺と同じ年頃の女の子。

脳裏に思い浮かべても、曖昧な像しか結ばなかったその女の子が、離れ離れになった頃の夕妃の姿に重なった。

神頼みなんて性には合わん。
けど、今だけは。
祭壇に鎮座する神さんと掌ん中にいる神さんの両方に頭を垂れて、願いを懸ける。

もし、あの絵馬を書いたのが彼女なら。


「俺と夕妃を逢わせて下さい」




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