07


「久しぶりやなぁ……」
渡す相手のおらん腕時計を買うてしもうた翌日。
大学の講義を終えた俺の目の前にあるんは、鳥居を抜けた先にある四天宝寺中の正門。
「掴みの正門」なんて呼ばれとったせいもあって、あの頃は毎朝何かしらのボケを考えて登校しとった。
懐かしいな、と思いながら普通にその門をくぐって、テニスコートへと向かう。

何となく訪れてみたらとっくに授業後やったらしく、コート内では黄色と緑のジャージを着た生徒たちがそれぞれラリー練習をしとった。

「変わらへんなぁ……」
懸命にボールを追いかける彼らに、あの頃の自分が重なる。

『ラリー?ええよ、やろやろ』

脳裏で再生される夕妃の声。

ここは俺と彼女が出会うた場所。


***


どこの学校でも大抵おんなじやと思うけど、入部したての1年に課せられるメニューと言えば、素振りか球拾いだけ。
テニス初心者の俺にはそれで十分やったけど、たったそれだけの練習でも、既に他のやつらとの間に差ができてるような気がして焦っとった。

そんな時、彼女がひとりで残って練習している姿をみつけた。
あの時、どうして自分が陽が落ちるまで部室に残っとったんかはもう覚えてないのに、彼女が一生懸命にボールを打つ様は今でも瞼に焼き付いている。

そのフォームは初心者の俺から見てもものすごく綺麗やった。

すごい、と思うと同時に、巧くなりたいんやったら俺ももっと練習せなあかんって気持ちにさせてくれたんが彼女。
その出来事を境に、俺は彼女を真似てひとりで自主トレーニングに励むようにした。


『居残り練習しとるんやったら、多分立花さんやない?』

いつも俺と同じかそれ以上遅くまで練習していく彼女の存在が徐々に気になり始めた俺は、クラスの女子テニス部の子にそれとなく訊いてみた。
その子が教えてくれたところによると、彼女は俺と同じ1年生らしい。
それが俺を驚かせると同時に、彼女に親近感を抱くきっかけにもなった。

同い年なら、一緒に練習したりできひんかな。
そう思って彼女に声をかけたのが、俺たち2人の始まりやった。



「懐かしいなぁ……」
それから2人で一緒に練習するようになって、だんだん話す機会も増えてって。
自然と惹かれあって、恋人と呼ぶには可愛らしすぎるかもしれんけど、それでもお互いがお互いの大切な存在になっていった。


「あれ、もしかして白石かっ!?」
感傷に浸っていると、突如大声で名前を呼ばれた。
振り返れば、相変わらずよれよれのコートに不思議な柄のチューリップハットを被ったテニス部監督がやってきた。

「ひっさしぶりやなぁ〜。ますます男前に磨きがかかったんちゃう?」
「オサムちゃんこそ、ええおっちゃんになって来たんちゃう?」
「おっちゃんいうなや、俺まだ33やで」
生徒に冗談言うて、切り返した答えにノってくれるんも相変わらず。
変わったとこと言えば、咥えタバコをやめたとこと、教師らしい貫禄がでてきたとこやろうか。
「しっかし、どないしてん。もうここにお前の知り合いはおらへんやろ」
ま、俺としては黄金世代のお前が指導してくれれば有難いんやけど、と茶化すオサムちゃんに、俺は苦笑を返す。
「ちょお、昔思い出す出来事が続いたんです。んで、気づいたら四天宝寺に足を運んでて……」
「昔って白石、お前もしかしてまだ立花んこと引きずっとるんか……?」
俺が醸し出す雰囲気から事情を察したらしいオサムちゃんが、眉根を下げて尋ねてきた。

……ほんま、中学生やった当時もよう思ったけど、この人は生徒を見とらんようでいてよう見とる。

「引きずるとか、そういうんとはちゃう気もするけど、夕妃以上に好きになれる子がおらへんのです」
俺が自分の思うところを素直に答えれば、オサムちゃんは盛大な溜息を吐いた。
「お前なぁ……。一途で真っ直ぐなんは白石の長所やとオサムちゃんも思うけどな。せやけど、そんなんやったらお前、自分の幸せ逃してまうで?」
「かも、しらんですね」

もしそうなっても。
俺はずっと夕妃を想い続けるやろう。10年近く抱いてきた感情は些細なことで覆せるようなもんやないと、自分自身が自覚しとる。

「立花も幸せもんやなぁ。こないに長い間離れとっても想われとっ、……あ!」
感慨深そうに目を細めたオサムちゃんは、突如何かを思い出したみたいに片方の掌を拳で打った。
「何やねんオサムちゃん。耳元で大声ださんといてや……」
手で耳を押さえて、文句を言えば、スマンスマンと片手で詫びる。
「ちょお思い……いや、なんでもない」
「話途中で切るんやめて下さいや。めっちゃ気になるんですけど」
俺の顔を見るなり、しもたと言わんばかりの表情で顔を背けたオサムちゃんを半眼で見据える。

「…………そう睨まんといてや。話すから。けど、深く考えたらあかんで」
無言の圧力をかけて数十秒後、観念したらしいオサムちゃんが、諸手をあげて溜息をついた。
「一昨日の夕方やったか、お前くらいの歳の女の子がここに立っとってな」
「……え?」
「学校関係者やないんは明らかやったから、声かけなあかんかな思て近付いたんや。けど、俯いとったその子ん顔から水滴落ちるんが見えたから、これは話しかけたらあかん思て、そっとその場を離れたんや」

もしかしたら、その子もお前みたいにここに思い入れがあった子なんやないかって思ったんや、というオサムちゃんの言葉は、右から左へと抜けていった。

テニスコートを見て涙する俺と同い年くらいの女の子。
まさか、という思いと、そんなはずはないと期待を打ち消す2つの声が頭の中で反響する。

「で、オサムちゃん、その女の子と話したりしたん……?」
「いんや。校内巡回から戻ってきた時にはもうおらんようになっとった」
俺の問いに答えると同時に、オサムちゃんは深い嘆息を漏らした。
「お前の期待煽るだけになってまうから、この話はしたなかったんやけどな」
今、立花かもって思たやろ、というオサムちゃんに、俺は苦笑を返すことしかできん。
「ついでにその子の特徴覚えとったら教えて下さいって言おうとしとりましたわ」
本音を曝け出せば、オサムちゃんはやっぱなぁ、と困ったように頭を掻く。
「泣いてたんが印象的過ぎてどんな子かよう覚えとらんわ」

彼女なのかそうでないのか。
幸か不幸かそれを判断するための手がかりはないらしい。

期待と否定が胸のうちで一層激しくせめぎ合う。

「しゃあないな……」
そんな様子を見かねたらしいオサムちゃんは、よれよれのコートのポケットを探ると、
「白石、手ェ出し」
「なん?」
拳を突き出し、俺が素直にその手の下に両手を差し出せば、何か小さなマスコットのようなもんを落とした。
「お前もよう知ってるやろ。大阪名物ビリケンさんの御守りや。こないだ馬券がよう当たりますように思って買うたんやけどな、それ白石にやるわ」

掌の上で、こちらを見上げる愛嬌のある顔した小さな神さん。
そのキーホルダーとオサムちゃんを交互に見ていると、
「自分の力だけでどうしようもなくなった時は人に助け求めたり、神頼みするんが1番やで?」
オサムちゃんは歯を見せて笑った。


「夕妃に逢えますように」
そう願ったら、届くやろうか。


どこにいるかもわからない彼女の元に。




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