06


翌日。
昨日別れたばかりの元カレと顔を合わせるのが気まずくて、私は大学をサボった。
在学2年目にして初のサボり。
そう考えると、私って随分真面目だったんだなぁと思う。

行く当てもなくただ大阪の街を彷徨い歩く。
ぶらぶらしていると、いつの間にか大阪でも屈指の観光地である通天閣の前に来ていた。


『何や夕妃、登ったことないん?通天閣』
何年大阪に住んでるんや、と呆れた顔をした彼。
その時の表情も声も、今でも色鮮やかに脳裏に浮かぶ。

『せやったら、通天閣にしよか』
何が、と訊ねると彼は少し照れたように頬を掻いて。
『今度の日曜日。お互い部活休みやろ?やから、その……デート、せえへん?』
『うんっ!』

付き合いだして、本当に間もない頃。
テストや部活に追われていた私たちが、初めて2人で出かけた場所。
初めて訪れるその場所に、大好きな彼と一緒だということが重なって、いつも以上にはしゃいでいた私。
こみ上げる懐かしさに背中を押されるようにして、私は観光客に混じって、ひとり展望台まで上った。

『あ、四天宝寺やー』
『ほんまや』
『こっちは六甲山?』
『せやな』


四方にある望遠鏡で大阪の街並を眺めた私たち。
いつも見ているはずの場所も高いところから見ると全然違って面白いね、なんて話してた気がする。
あの頃見えていた景色に比べるとこの街も随分様変わりした気がするのは、きっと気のせいなんかじゃない。

街も人も全部、どんどん変わっていくのに。
私は、私の心は、あの頃で止まったまま。
彼を好きという気持ちを棄てられずに押し込めて。
溢れ出した今は、それを持て余している。
自分の気持ちを誤魔化して先に進もうとしたけれど、彼より好きになれる人なんていなくて。
私は後に退くことも、前へ進むこともできずに立ち尽くしてる。


「ねー、これ何?」
「なんや、お前大阪住んどるくせに知らんの?ビリケンさんいう神さんやで」
「神さん?」
「せや、何でもお願い聞いてくれるねんで」

展望台を歩き回っていて偶然耳にした会話。
そちらを見ると、社会見学か何かだろうか、ナップサックを背負った小学生くらいの男の子と女の子が、展望台の一角に設けられた小さな神社みたいなところで仲良さそうに話していた。

「そうなんや、やったらお願いしいひん?」
「何を?」
「ウチらがずーっと一緒にいれますようにって」

無邪気に笑う女の子の言葉が、胸の奥にしまい込んでいた彼との記憶を呼び覚ます。


『なんや夕妃、知らへんの?ビリケンさん言うてアメリカから来た神さんや』
さっきの男の子のようにどんな願い事も叶えてくれる神様だと教えてくれた彼。
『やったらお願いしいひん?“ずっと2人で一緒にいられますように”って』
『……ええよ』
彼は一瞬目を丸くした後、照れたように頬を掻きながら私の案に賛成してくれた。

『ほな、いっせーのーでで言おか』
『うんっ!』
『いくで……、いっせーのーでっ!』

『『ずっと2人で一緒にいられますように』』


「おねーちゃん?大丈夫?」
懐かしい記憶から引き戻したのは先ほどの女の子。
「なんで泣いてるん?」
「え……?」
少女の指摘に自分の頬に手を当てると、冷たい雫が指に触れた。
「どっか痛いん?」
「……大丈夫だよ、ありがとう」
心配そうにこちらを見上げてくる女の子に、涙を拭いて笑顔を見せる。
「ほんまに?」
「うん」
「ツラかったら、おねーちゃんもこの神さんにお願いしたらええよ。何でもお願い聞いてくれるんやって」
ほな、と手を振って走り去っていく彼女を見送って、祭壇に祭られているひょうきんな顔をした神様を見据えた。


何でもお願い事を聞いてくれる神様。
私たちの願いは届かなかったのだろうか。
それとも、端から私たち2人は離れてしまう運命だったのだろうか。


「ねぇ、神様。“彼と逢えますように”と願ったら、今度は叶えてくれますか……?」



愛嬌のある出で立ちをした神様は、ただ無言で微笑んでいた。




-7-


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