Happiness


控室が並ぶ廊下の窓から見える空。
済みきった青い色は、俺らの新しい門出を祝福しているようにも見える。

……て、俺らしくもない。

空を見上げてこんな風に感慨を受けるなんて、少し前の俺やったら有り得へんかった。
寧ろ全ての景色がモノクロに見えてしまうくらいやったのに。

これも、桜架のおかげなんやろう。

「桜架、準備できたか?そろそろ挨拶行く……で、」

新婦控室と書かれた扉をノックして入ってすぐ、言葉を失う。

「蔵ノ介?」

白無垢に身を包んだ桜架が、あまりにも綺麗やったから。

「どうかした?」

す、と、しなやかな動作で間近に迫った彼女が、目の前で手をひらひらと振る。

「何でもない」

それで漸く正気に返るも、誰が見ても美人に入る部類の顔が至近距離にあって、心臓が不規則に脈打った。

……有り得へん。
この俺がこんな風に動揺させられるとは。

「ええから、挨拶、行くで」
「うん」

恐らく色づいとるやろう顔を見られたなくて、背中を向いたまま、彼女に手を差し出せば、くすりと微かな笑い声。

「……何やねん」
「なんでもない」

肩越しに見えた笑顔の桜架には、何もかも見透かされとるようで、正直悔しい。

手玉に取って転がすんは、俺の方やったはずなんに。
いつの間にか逆転しとる気がする。

ま、桜架自身にその自覚はないんやろうけど。



桜架との出会いは11年前。
俺が高1ん時。
あの頃、「雪の女王」と呼ばれとった彼女は、当時の俺の周囲には、全くいなかった部類の女――、つまりは変わり者やった。

冷淡で無表情。
そんな彼女が、偶然見せた柔らかな笑顔。
それが、一瞬で俺の心に火をつけた。

彼女が見せる全てを独占したい――、と。


そして今。



「それでは、指輪の交換をして下さい」

斎主に促され、桜架の手を取る。
角隠しの下からこちらを見上げるのは、俺しかしらない微笑み。

あぁ、ホンマに。
愛しくて堪らへん。

高校生やった頃は、こんなふうに誰かを愛すなんて、一生あれへんやろうと思うてた。

せやけど、桜架が俺と出会うて表情豊かになったように、俺は彼女に出会うて、ひとを愛する喜びを知った。

「……おおきに」
「え?」

式を終え退場する途中、小声で桜架に話し掛ける。

「桜架のおかげや」
「何が?」
「色々と」
「色々って何?」
「色々は色々や」

桜架がわからんのやったら、そのままでええ。

その意味を込めて笑うと、彼女は僅かに肩を強張らせた。

「身に覚えがないことでお礼言われても、怖いんだけど」
「なして?」
「や、だって蔵ノ介だし。何か裏がありそうで」
「失礼なやっちゃな。俺かて純粋にお礼くらい言うで?それとも裏が欲しかったん?」

片頬を吊り上げて、少し意地悪を言えば、桜架は勢いよく首を左右に振る。

「滅相もない!」
「そない慌てんでも、冗談に決まっとるやろ」
「……蔵ノ介の意地悪」

その様子が可愛らしくて、喉の奥で笑うと、彼女は小さな口を尖らせた。
それがまた、俺の頬を緩ませる。

「でも、お礼を言わないといけないのは私の方かも」

拗ねた様な表情から一転、目元を和らげた顔が向けられる。
「高2の春、蔵ノ介に出会ってなければ、ずっとひとりのままで、こんなふうに幸せになれていないと思うから。

ありがとう、蔵ノ介」


何の衒いもなく言われた桜架の台詞に、照れ臭くなる。

「これから、もっと幸せにしたるで?」

せやけど、それを悟られるんは悔しいから、わざと余裕ぶった言葉を返すと、なぜか桜架は困ったような顔をした。

「幸せにして貰うのは、嫌かも」
「なして?」
「それだと一方通行でしょう?だから、」

むっとして訊き返した俺に、彼女は悪戯っぽく片目を瞑って。


「2人で幸せになるんだよ」


――……あぁ、ホンマに。

「敵わへんなぁ、桜架には」

以前の俺なら、そんな台詞、鼻で笑うてた。

せやけど桜架に出会って変わり、そして何よりも桜架自身の言葉やから、素直に頷けてしまう。

「せやな、」

隣を歩く桜架の手を取って。

「なるか、2人で。幸せに」

甲に口づければ、薄紅色に頬を染めた桜架は、綺麗に笑って頷いた。



辿り着いた幸せ



(いつまでも2人でいよう)



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