Siesta


まだ固く閉じた桜の蕾。
吹く風も大阪のそれよりも僅かに冷たい気がする。

春の訪れには暫くかかりそうなこの東京で、サクラが咲くか否かを待ち望む人だかりができていた。

つい先月末も訪れた大学のロータリー。
そこにでかでかと掲げられた合格者の受験番号。
既に自分の番号を見つけて諸手を挙げる者や、見つけられずに肩を落とす者もいる中、俺は淡々と自らの番号を探す。

――あ。

あった。

声には出さず、手元の受験票で間違いないかを確かめる。

『受かった。今から行く』

その上で、すぐさまメールで結果を報告すれば、桜架も気にしとったんか、間髪入れずに返事が来た。

『おめでとう! あったかい紅茶いれて待ってるね』

それを確認して、2度ほど訪ねたことのある彼女の下宿先を目指した。



***



チャイムを鳴らしてドアを開けると、紅茶と砂糖の甘い薫り。

「もう少しかかるから、先にテーブル座ってて」

キッチンから顔を覗かせたエプロン姿の桜架。

あまりに普段通りな対応に、拍子抜けしてしまう。

直接会うのは去年の夏以来やっちゅうのに。

「お待たせ」

不貞腐れながらも、大人しく言われた通りにしとると、甘い匂いを連れた桜架がやってきた。

「……パンケーキ?」

とは言うても、単に蜂蜜とバターを塗るやつではなく、生クリームとフルーツが添えられとる豪華なもの。

「ささやかだけど、合格のお祝い」

そう言うて、はにかむ桜架。
こんなふうに祝って貰えるなんて思うてへんかった分、嬉しさがいや増す。

「おーきに。いただきます」

素直に礼を言うて、出されたものを食す。

「どう?」
「美味い」
「よかった」

向かい合わせに座った桜架も、自分の分のパンケーキに手をつける。

目の前に桜架がいて、祝っても貰えて、これで充分満足……と言いたいトコやけど、正直なところ少し物足りない。

「……桜架」
「はい?」

彼女が最後のひと欠片を口の中に放り込んだんを見計らって声をかける。

「お祝いってこんなけ?」
「……の、つもりなんだけど」

もしかして足りなかった、と、固い声で訊ねる彼女に大きく頷く。
その警戒した様子が俺の嗜虐心を煽った。

「せやから、もう1つちょーだい」

にっこり笑いかければ、更に彼女の表情が強張る。

「……ヘンなことじゃない?」
「そーいうおねだりされたい?」

にやりと口元を歪めると、桜架は首がちぎれんばかりに、激しく横に振った。

相変わらず身持ちかたいな。

キスより先に進むのに、えらく時間を費やしたんを思い出して苦笑する。

まぁそれが桜架らしいといえばらしいけど。

「桜架が警戒しとるようなことやないから、安心しぃ」

宥めすかしつ、こっへちおいでと手招きすると、彼女はびくびくしながらやってきた。

「ここ、座って」

隣を指させば、彼女はゆっくり正座する。

「そんな怯えんでも、ホンマ大したことやないから」

隣にいる彼女の緊張がこちらにも伝わる。

少し意地悪しすぎたか。

柔らかめのトーンで話し掛けると、少しだけ彼女の表情も和らいだ。

その隙に身体を横たえ、桜架の膝に頭を預けた。

「……膝枕?」

拍子抜けやといわんばかりに目を瞬かせる桜架。

「おん。暫くの間こうさせて」
「……珍しくお疲れ?」
「かもな。受験勉強、結構キツかったし」

合格して安心したのか、それまで感じんかった疲労感がどっと押し寄せてきたような気がする。

「蔵ノ介でも?」

ありのままの現状を吐露すると、桜架は意外そうな顔をした。

「当たり前やろ。俺かて人間や。てか、桜架はとっくに知っとるハズやん。俺が評判通りのヤツやないって」
「まぁ、確かに散々思い知らされたけどね。聖書な白石クンが実はどす黒いってコトは」
「おい」

当てつけがましい言い草に、半眼になって口を尖らせる。

「でも、今まではホントにそういうトコだけだったよ。蔵ノ介が私にみせてくれてた聖書じゃない部分」

自覚なかったのかもしれないけど、と続く彼女の言葉に耳を傾ける。

「私が知ってるのは、実はかなり意地悪で、意外と頑固なとこ、それに結構我儘なとこ」

改めてきくと、取り繕わん自分と表の顔とのギャップの激しさに、我ながら呆れてしまう。

「だから、少し嬉しいかも。今日みたいに弱音吐く蔵ノ介がみれるの」
「嬉しい?」

何故、と、視線で問えば、桜架は柔らかく微笑んで、俺の髪を撫でる。
それが擽ったくて、思わず目を細めた。

「まだ知らない蔵ノ介を知れたし、少しは信頼されてる気がして」
「聖書やないトコ見せるのなんて桜架だけやで?」

それはイコール信頼にはならへんのか。

そう訊ねると、桜架は少し不満げな顔をした。

「でも、今まで私だけが弱い部分みせてばかりで、蔵ノ介はどんな時も、疲れたって愚痴ひとつこぼさなかったよ」
「そうやっけ?」
「そうだよ」

桜架が言うことが正しければ、それはきっと彼女のほうが年上だから。
その差を少しでも埋めたくて、無意識に彼女の前で強がっとったのかもしれん。

……ったく、どれだけほだされとるんやか。

少し前までの俺やったら、こんなふうに誰かに素を晒して、かつ、自分の弱さも見せるなんて考えられへんかったのに。

「……ホンマ、桜架には敵わへんわ」
「何か言った?」
「別に、何も」

誤魔化して、寝返りを打つ。

「桜架がええっちゅうなら、」
「ん?」
「今日は少し甘えさせて」
「いいよ」

背中側で、彼女がくすりと笑う気配。
さらさらと髪を梳く指が心地好くて、自然と瞼が落ちた。



溶けるような午睡



(おはよ、桜架)
(…………蔵ノ介の嘘つき)
(甘えてええって言うてくれたやん)
(だからって膝枕から何でこんなことになるの)
(何やて?もっと欲しいって?)
(もう動けないから勘弁して……)






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