Prisoner
「桜架、これココでええ?」
「うん」
小さなテーブルを軽々と抱えた蔵ノ介に頷けば、その場にそれをおろして、すっと私の隣に並ぶ。
「あとは?」
「んー、これで一段落かな。手伝ってくれてありがとう、蔵ノ介」
「どーいたしまして」
珍しく裏のない笑みを浮かべる蔵ノ介。
「じゃあ休憩がてらお茶にしようか」
「おん」
先程運んで貰ったばかりのテーブルに着くよう、蔵ノ介を促して、新品同様に整えられたキッチンにたつ。
とりあえず2組揃えておいたティーカップに、紅茶をいれる。
「お待たせ」
それをくつろいでいる蔵ノ介の元に運べば、意外にも彼は落ち着きなくあたりを見回している。
「どうかした?」
「いや、大阪におるみたいに錯覚するな思て」
「向こうで使ってたもの、殆どそのまま持って来ちゃったからね」
多少間取りの関係で家具の配置がかわっているところもあるけれど、それ以外の部分では3年間住み慣れた空間と大差ない。
「こうしてお茶しとると、ここが東京やってこと忘れそうになるわ」
ちょいちょいと手招きされて、蔵ノ介の側に寄ると、おもむろに抱きしめられる。
「ひゃっ!?」
そのまま蔵ノ介の背に腕を回しすと、それを合図に彼の唇が耳を喰んだ。
「な、なな何するのっ!?」
彼の胸を突き飛ばして腕の中から抜け、思いっきり後ずさって距離をとると、蔵ノ介は口元に拳をあて、くつくつと喉の奥で笑った。
「桜架、反応しすぎ。顔、めっちゃ真っ赤やで」
私がそういうコトに耐性がないことを知ってるクセに。
言葉の代わりに目線だけで非難すると、蔵ノ介はすっとこちらに寄ってきた。
思わず膝で後退したけれど、彼は更に距離を詰めてきて、結局再び腕の中。
「っ!」
細いけれど骨張った蔵ノ介の指がそっと耳たぶに触れた。
小さく息を呑む私をみて、蔵ノ介はくすりと笑う。
「だ……から、何なの、さっきから……」
「んー、まだ安定せんのかなって」
そろそろと静かに触れる指が擽ったい。
身をよじる私にはおかまいなしで、蔵ノ介は耳を弄ぶ。
「安定……て、ピアスホールのこと?」
「おん」
素直に私の問いに頷いた蔵ノ介に、些か呆れる。
「開けてからまだ1週間しか経ってないじゃない」
安定するまで1ヶ月はかかる。
そう言っていたのは蔵ノ介自身だ。
「まぁ、そうなんやけど」
それでも、と、抱きしめる腕に力が込められた。
「1年も離れるんや。どっかに印、つけときたい」
「そんな、飼い猫に首輪つけるようなことしなくても、大丈夫なのに」
それほどまでに私は信用できないのだろうか。
「あぁ、できんな」
「何でっ!?」
「やって桜架、鈍いわ警戒心ないわ……、自覚ないうちに悪い男に引っ掛かってそうやから」
「そんなことは……」
「ないって言えるん?卒業式ん時に丹羽部長に告白されて驚いてたんに?」
「う……」
「端からみて部長が桜架に好意持ってんのバレバレやったんに当の本人気ぃつかへんし。相手が部長やったからよかったようなものの、あんま男焦らすと、手篭にされてまう可能性やってあるんやで」
「それは……」
確かに気をつけないと怖いかもしれない。
「やから、桜架にはちゃんと俺っちゅう男がおるってアピールして欲しいんや。少なくとも、来年俺が桜架の後輩になるまでは」
「来年、後輩になるのは確定?」
「当たり前やろ」
自信満々に頷く蔵ノ介。
「落ちるかもって不安はないの?」
そもそもあとひと月もしないで受験生になるクセに、引越しの手伝いなんかしてて(させてて)いいのだろうか。
「全くない。大体、桜架は俺が欲しいモノをみすみす逃すと思うん?」
「それは……」
確かに有り得ない。
蔵ノ介が、自らの求めるものを得るためであれば、手段を選ばないタイプであることは、薄々と実感している。
「やろ?」
したり顔で口角を吊り上げる蔵ノ介。
揺るぎない視線に心奪われた一瞬の隙をついて、首筋に顔が埋められる。
「やから絶対追いつく。来年以降は死ぬ程甘やかしたるから覚悟しときや?」
艶めいた声音が耳元で妖しく囁く。
「……ほどほどでお願いします……」
危険たっぷりの台詞にさえ、ときめいてしまう私は、きっと蔵ノ介から逃れることはできないのだろう。
囚われの身の上
(1年後を待ち侘びてしまうなんて、我ながら大概だ)
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