Dedicated to you
「……桜架、緊張しとるん?」
くすり、と笑いをこぼした蔵ノ介が、耳元で囁く。
「……少し」
「の、割にはめっちゃ身体震えとるで?」
「う゛……、だって、痛いんでしょう?」
できればやめて貰えないだろうかという願いを込めて、背後から私を抱きしめる蔵ノ介を見上げれば、満面の笑みで見下ろされる。
これは間違いなく不安がる私をみて楽しんでる顔だ。
「ま、そろそろ頃合いやろ」
「え?あ、ちょ、」
ばちんっ!
「ひゃあっ!?」
制止する間もなく耳元で大きな音。
思わず声をあげると、蔵ノ介は更に口の端を吊り上げて、くつくつと笑う。
「桜架驚きすぎ。綺麗に開いたで?」
と、彼が手渡す鏡を覗きこめば、右耳にあるファーストピアス。
「ほな、左もやろか」
「ひゃ、」
そして、もう片方にも開けるため、アイスノンがあてられる。
「そんなに可愛え声出されると、襲いたくなるわ」
耳元で囁く声は、普段より妖艶で、冗談なのか本気なのか区別がつかない。
危険を感じて身構えれば、冗談やってと呆れたように返された。
「せやから肩の力抜き。緊張してると余計痛なるで」
「ん、」
「ええ子、ええ子」
ご満悦の表情で幼子をあやすように私の頭を撫でる蔵ノ介。
これではどちらが年上かわからなくなる。
「……ねぇ、蔵ノ介」
「何?」
「さっき言ってた渡したいモノって、コレ?」
「いや、コレそのものとはちゃうで」
そもそも何故急にこのような事態に陥っているのかというと、蔵ノ介から渡したいモノがあると呼ばれたからだ。
それが今耳に開いたピアスのことなのかと思って訊ねると、彼は曖昧な答えを返してきた。
「じゃあ何なの?」
「…………こっちや」
少し不貞腐れたような顔で、私の掌に小さな箱を落とした。
「開けていい?」
「おん」
パウダーブルーの小箱を開けると、中には黄色の小さな花を象ったピアス。
「……卒業と合格祝い。ホールが安定したら着け変えてや」
目線を背けたままの蔵ノ介の顔は、ほんのり紅くて、私は驚きで目を瞠った。
蔵ノ介でもこんな顔するんだ。
「…………あんまこっち見んな。俺かて恥ずかしいねん。こういうモン渡すの初めてやから」
暫くその顔を見つめていると、視線に気付いた蔵ノ介が左手で私の視界を覆い隠す。
その様は普段の彼からは想像つかないくらい子供っぽくて、何だか可愛らしい。
「ふふ、」
「桜架、笑うな」
思わず笑みをこぼすと、色づいた頬はそのままで、口を尖らせた蔵ノ介がこちらを向く。
「ありがとう、蔵ノ介。すごく嬉しい」
「……気に入って貰えてよかったわ」
そんな彼の目を真っ直ぐに見つめてお礼を言うと、蔵ノ介は一瞬虚を衝かれたような顔をしたけど、すぐに破顔して、私の肩を抱き寄せた。
「……なぁ、桜架。これ、何の花か知っとる?」
「う、ううん」
耳朶に触れる低い声。
その問いに首を振ると、蔵ノ介はくすりと艶やかな笑みを浮かべる。
意地悪な時の顔。
今までの流れのどこに彼のスイッチを入れてしまう何かがあったのかと反芻するも、答えは見つからない。
「ジャスミンや」
「ジャスミン?」
「そ。花言葉は『貴女は私のもの』」
私を抱きすくめる彼の腕に、ぎゅっと力が入る。
「これは桜架が俺のモンやっちゅう証や。やから、東京行ったら肌身離さずおって」
「……もう。心配性なんだから、蔵ノ介は」
そんなことしなくても、私が蔵ノ介以外の誰かに靡くことなんて有り得ないのに。
けれど、そう言葉にするだけでは彼の不安は収まらないのだろう。
だから。
「はい、コレ」
お腹に回された手に、渡すタイミングを失ったまま握っていたものを乗せる。
「約束の合鍵。蔵ノ介が心配なら、いつでも来ていいから」
「――…………、」
肩口に埋められた顔から、吐息のような「おおきに」が聞こえた。
キミに
捧ぐ
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