Love game


あれからどのくらいの時間が経っただろうか。
差し込む夕陽ももう光が弱い。

まだ少し歪んだ世界を映す目を乱暴に拭って、急いで日誌に名前を書き込む。

早く職員室に届けないと。

ぱっと保健室を飛び出せば、扉の前にいた誰かに勢い良くぶつかった。

「すみません…っ!」

「先輩、日誌書くん遅すぎや」

脊髄反射で謝って顔を上げると、端正な顔に呆れた表情を浮かべた白石君と目が合う。
久しぶりに間近で見る切れ長の瞳は穏やかな光を宿して、ちゃんと私を映してくれている。


「な……んで?」


先に帰っていたんじゃなかったの?
ずっと避けて来たのにどうしてまた優しくするの?

何で、の一言に続く言葉がありすぎて、ただまじまじと白石君を見つめることしかできない。

「……何で、なぁ」

白石君の大きな手が私の頬に伸ばされる。
そっと触れられたかと思うと、親指の腹で目元を拭われた。

「御釼先輩が目、真っ赤にしとる理由教えてくれたら、教えたりますわ」
「!」

ニヤリ、という音が聞こえそうなほど意地悪な笑みを浮かべる白石君に、先ほどまで泣いていたのを聞かれていたんだと悟る。

「別に立ち聞きするつもりはなかったんやけど、先輩に関わるなって言われとったから、逆に扉開けたらあかんかな思て」

心のうちを読まれた上に白石君が紡ぐのは正論で、私は言葉に詰まる。

「なぁ御釼先輩。なして泣いてはったん?」

頬に添えられていた手が肩に下りて、もう片方の手も空いてる肩に置かれる。
長身を屈めて私の目線に合わせてくれる白石君は、眉を下げてこちらを覗きこんでいた。

「……から、」
「ん?」

私を案じてくれているかのような眼差しに促されるようにして、ぽつりと言葉を漏らす。

「白石君と話せたことが嬉しかったから……」

一度堰を切った涙が溢れると、押さえつけていた悲しいとか辛い様々な感情も共に溢れ出して、止まらなくなってしまった。
内心を切れ切れに口にすれば、白石君は逐一それに頷いてくれる。

「関わらないで、なんて酷いこと言ってごめんなさい……」

こちらを見据える白石君とまともに目を合わせられなくなって、思わず俯いた私の頭を、彼の大きな手がくしゃりと撫でた。

許してくれるのだろうか。

そう思ってゆるゆると顔をあげれば、

「悪い思てはるんやったら、ひとつ教えてくださいや」

白石君は先ほど少しだけ覗かせた意地悪な笑みを再び浮かべていた。

「御釼先輩が俺と話せて嬉しいんは、何でなんです?」

狡い。

白石君はきっと私の想いを理解した上で訊いている。
浮かべている表情と同じで少し意地悪な白石君。
でも、そんな白石君すらも好きだと思う自分が居る。

「えと、それは……」
「それは?」

口ごもる私。
小首を傾げる白石君。
そんなさりげない仕種にさえ、思わずどきりとしてしまう。

「好き、だから……。私、白石君のことが好きだから……」

真っ直ぐだけれど、どこか邪悪さを孕んだ視線に誘導されるように、私は自分の想いを吐露してしまい、恥ずかしさのあまり顔を伏せた。


「先輩、顔上げて」


促されるまま、首を上向かせれば、タイミングよく白石君の顔が近付いて、唇に柔らかなものが触れた。

「!?」

キスされたと理解するのにかかった時間は1秒とない。

「これが俺の答えや、桜架。意味は……、口にせんでもわかるやろ?」

「う、そ……」

思わず口を吐いた言葉に、白石君は困ったように眉を寄せる。

「なんや、信じられへんの?せやったら……」

彼の長い腕が腰に回され、さして離れていなかった2人の距離が一気にゼロになる。

「んっ……!」

白石君の行動に驚く間もなく、顔を寄せられ聊か乱暴に唇を吸われる。

「あ……んぅ」

息を継ぎたくて口を開けば、容赦なく舌をねじ込まれ、口内を執拗に弄られる。

「ふぁ……っん」

逃れようともがくも、空いている方の手で頭を固定され、角度を変えながらわざとらしく音を立てて何度も何度も激しく唇を重ねてくる。

漸く解放された時には、体中の力が抜けていて白石君の腕の中に倒れこんでしまった。

「これでも信じられへん言うなら、桜架が信じられるまで何度でもキスしたるわ」

耳元で囁かれたいつもより熱を帯びた低い声に、ぴくりと肩が跳ねた。

「えと、もう、十分です……」
「そうなん?」

ちょお残念やな、という彼に驚いて上を向けば、今までに見たことのないくらい妖艶な笑顔があった。
見る者全てを虜にしてしまうような、そんな微笑に体温が更に上昇するのを感じた。


「好きやで、桜架。もう離さへんから覚悟しときや」


抱きしめられて、甘くも危うくもある台詞を囁かれたら、私になす術はない。
唯一できることと言えば、彼の背に腕を回し、その胸板に顔を埋めることくらい。

白石君の腕の中で、彼の甘い香りに酔った。



だから、彼女は知らない。
彼女を抱きしめる彼が、勝ち誇ったように口元を歪めていたことを。



LOVE GAME

抜け出せなるほど深くまで
堕ちることを選んだのは、キミ



(このゲーム、俺の勝ちやな)
(やから、桜架はこれからずーっと俺の傍におらなあかんで?)




--1st game fin.



-26-


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