Countdown


すれ違いざま、視界の端に映る御釼先輩の瞳が大きく揺れた。
くっと片頬が吊りあがる。

「な、なぁ、白石。今の人……」
「御釼先輩がどないしたん?」

焼きそばパンを頬張りながら隣を歩く謙也が遠慮がちに訊ねてきた。

「お前に話しかけてへんかった?放っといてええんか?」

そんなんお前に言われんでも気づいとるわ。

悪態を飲み込んで、小さく溜息を返した。

「放っとくも何も……、関わるなって言われとるんやから何もせんのが1番やろ。大体お前かて、あの人には関わるな言うとったやんか」
「せやけどさぁ……、なんかこう」

根っからのお人好しである謙也は、まだ納得がいかへんらしく、ぶちぶちと何事か言っていたが、俺にこれ以上議論する気がないと悟ると大人しゅうなって、再びパンに噛り付く。

細工は流々。
御釼先輩は気づいてへんけど、彼女にファンクラブの目が向くように仕向けたのは、この俺自身。

地区予選の前日、俺は彼女と一緒に帰る姿を大銀杏の下で俺を待つ女に目撃させた。
女はさらに前の日に受け取っていたラブレターの相手。
自分の呼び出しをほったらかしてまで、俺が先輩に構っとったんが余程気に食わなかったのか、その女は自分の抜け駆けを棚上げしてファンクラブ全員に知らせたらしい。
ファンクラブだと言い張る女共も自分らを出し抜いた仲間より、もっといい思いをしている御釼先輩が許せなかったらしく、怒りの矛先は全て先輩へと向いた。
彼女たちは先輩を呼び出して、何事かを言うたらしいが、案の定言葉の暴力で先輩に敵うはずもなく見事返り討ちにされた。

そんで、俺との関係に疑問があるなら俺に確認して来いと御釼先輩に言われた彼女たちは、馬鹿正直に俺のとこまでやってきた。

「なぁ、白石君。あの御釼桜架と友達やってほんまなん?」

鼻息を荒くした女の問いに、俺はわざと曖昧な答えを返した。

「んー、向こうはそう思てるみたいやねんけどな……」

少し眉尻を下げれば、彼女たちは「やっぱり」と勝手に納得して立ち去った。

俺は決して迷惑だとも友達でないとも口にはしていない。
そう思てるみたい、の後に続く言葉を自分たちの都合のいいように解釈して、女たちは制裁と言う名の嫌がらせをはじめた。

いつ泣きついてくるんやろうか。

御釼先輩が俺を頼って来たら、すぐに助けてやるつもりやった。
けど先輩は日に日に憔悴していくくせに、一向に俺を頼ろうとはせんかった。
それどころか、できるだけ俺に関わらんようにしようとしてるんが傍からみても丸分かり。
その態度が気に食わんくて、俺は御釼先輩がとるであろう行動の先を制し、彼女の傍らに居続けた。
勿論そんな俺の行動がファンクラブたちの怒りを煽るやろうことは重々承知の上で、やけど。

ファンクラブの女たちは単純やから、案の定俺の思い通りに先輩を呼び出した。
体育館裏へ引きずられるようにして連れてかれる先輩を見て、思わずほくそ笑んだんを今でも覚えとる。

流石に凶器持ち出してくるほど阿呆やったとは思いも寄らんかったから、いらん怪我負ってしもたんやけど。

こん時、御釼先輩が素直になって俺に縋ってればよかったんやけどな。
青ざめた顔で俺の左腕を手当てした後、先輩が口にしたんは「関わらないで」っちゅう冷たい言葉。
まぁ、大方俺が怪我したことに負い目でも感じてんのやろう。
せやけど身を挺して庇った男に対して、この仕打ちはないやろ。

やから先輩が俺を頼らざるを得なくなるよう、俺は更に彼女追い込んだ。

「ねぇ、白石君」

それは、再びファンクラブの女が話しかけてきたときやった。

「御釼桜架、最近どうなん?」
「あー…、御釼先輩なぁ」

彼女がまだ俺に纏わりついてんのか確認しに来たその女に、言葉を濁して渋い顔を作る。
それだけやけど、女の逞しい想像力は御釼先輩がまだ俺に纏わりついてると認識したらしかった。
「そうなんや。あの女」と、去り際に憎々しげに舌打ちをしとったから。

しかも、こないだ俺が直接的な暴力に対して忠告したせいか、ファンクラブの行動はより陰険なもんへと変わっていった。
彼女たちの行動が陰湿さを増す度、御釼先輩の表情は消え、前みたいな無表情に戻った。

けど、その無表情の中に『雪の女王』と呼ばれていたころの、周りのもん全てを跳ね除けてしまうような凛とした強さはなかった。
ただ感情を押さえ込んで、周囲の悪意に押し潰されんようにしとるだけ。

ええ様や。

弱っていく先輩を視界の隅に捕らえれば、自然と口元が弧を描く。

先輩が悪いんやろ?
俺以外のやつらに変わっていくとこみせるから。
先輩は俺のもん。

やから、お前も俺にだけ溺れてればええねん。



「……御釼先輩が俺の望む答えをくれるんやったら、手を差し伸べたってもええんやけどな」


「ん?なんか言うたか、白石?」
「いや、なんも」

素っ気無く答えれば右隣に座る謙也はふぅんとだけ言うて、次の授業の準備を始める。
そんな謙也から視線を外し、俺は窓の外、2年の校舎を眺めながら口元に浮かべた笑みを深くした。



秒読み 開始



(あとどの位でこの手に堕ちる?)



-23-


[]



back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -