Regret


いい加減どこかへ消えてしまおうか。


白石君に関わらないでと告げてから、既に数週間あまり。
彼との関係を絶てばなくなるかと思っていた嫌がらせは結局今も続いている。
じめじめとした梅雨の季節が訪れるのにつれて、嫌がらせも徐々に陰湿さを増していった。
当初からの手紙は勿論のこと、上靴の中に画鋲がしこまれていることもしばしば。
最近は上靴の中を確認してから履くようにしているから、被害はないけれど、最初引っ掛かったときは足の裏に鈍痛が走って1日中呻いていた。

けれどこれはまだ幾分かましな方で、酷い時には上靴そのものをずたぼろにされていたりだとか、ずぶ濡れにされていて、1日中裸足で過ごさざるを得なかったりもした。
実際この数週間の間に2足ほど上靴を買い換えてもいる。

「……またか」

加えて、教室にある自分の机に花瓶が置いてあるのは当たり前。
今日もご丁寧に大振りの花瓶に菊の一輪挿し。

今はお盆でもお正月でもないし、菊の季節でもない。
そんなものにお金を投じるくらいなら、娯楽でもなんでももっとマシな使い方があるんじゃないかと思う。

嘆息を漏らして花瓶を退ければ、周囲からくすくすと笑声が聞こえた。

私は普通の人間に比べてこういう類の嫌がらせに耐性はあるほうだと思っているけれど、さすがにもう疲れた。
最近は朝起きるのもだるくて、学校へ行くのを体が拒んでいるようだった。
でも、出席しないと成績に影響がでるし、部活ももうじき関西大会があるため、おちおちサボってなんかいられない。

だから嫌がる脳を奮い立たせて毎日学校へ通っては来ているものの、そろそろそれも限界に近い。
こうも毎日自分の存在全てを否定されるような行為を受けていると、流石に奮い立たせる気力も萎える。

学校辞めようかな。

柄にもなく弱気なことを思って、窓から外を見下ろせば、テニス部のコートが目に入った。
HR開始まで後15分をきっているのにも関わらず、そこには数人の人影があった。

……あの中に白石君もいるのだろうか。

関わるなと突き放して以来、目にすることがなくなったアッシュブラウンの髪を思い浮かべる。
状況が過酷になればなるほど、思い浮かべるのは嫌がらせの要因となっているはずの彼のことばかり。

今でも彼の傍に居られたなら、少しは心も軽かっのだろうか。
私が助けを求めていたのなら、彼はその手をとってくれたのだろうか。

「って、何言ってるんだろう私」

嫌がらせが深刻さを増すたびに、心のどこかで彼を求める。
つらい時に思い出すのは、彼と過ごした数ヶ月のことばかり。
縋ってはいけないと、判っているのに。
縋ってはいけないから、冷たく突き放したのに。



「あ、ない……」

4時限めの体育で、更衣室に置いていた制服。
ひとり片付けで取り残されていた私が最後に戻ると、制服のタイがなくなっていた。

「もう、なんで……」

白石君とは関わっていないのに。
底が見えない悪意に押し潰されていくのを感じた。



***



タイを買うため購買へと向かうと、懐かしい髪色が視界に入った。

白石君、だ。
パンを片手に友達と楽しそうに話している。

すれ違いざま、彼と視線がぶつかった。

「しら、」

手を伸ばして呼びかけるも、そのまま通り過ぎていく彼。
確かに目が合ったと思ったのに、彼は何事もなかったかのように過ぎて行った。
まるで、私なんてそこには存在しないかのように。

どう、して――……

その場で凍りついた私の頬を静かに涙が伝う。

どうしても何も、あれほど冷たく関わるなと言ったのだから、彼に拒絶されるのも当然なのに。

白石君に拒まれることがこんなにも悲しいなんて、思いもしなかった。

あぁ、そうか私……。

悲しみの理由を探せば、すぐに結論に辿り着く。

白石君のこと、好きになっていたんだ。

後輩でも、友達でもなくて。
ひとりの男の子として。

あぁ、なんて馬鹿なんだろう。
今頃になって気づくなんて。



過ぎた日を後悔しても
もうあの時には戻れない。



(欲しい物は手を伸ばせば届く距離にあったのに)
(今はもう、届かない)




-22-


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