Darkness


我に返った私は、「たいしたことない」と言い張る白石君を無理矢理保健室へ連れて行った。

生憎養護教諭は不在だったため、棚から救急箱を取り出し、消毒液を染み込ませた脱脂綿で綺麗に傷口を洗う。
出血量の割に傷そのものは浅かったらしく、既に血は大方とまっていたけれど、白い腕に長く走った赤い痕が痛々しくて見ていられない。
絆創膏では対処できない大きさの傷だから、ガーゼで保護し、その上に包帯を巻いていく。
白い布の端をクリップで留めれば、白石君は「おおきに」と言って左手を閉じたり開いたりする。

「何や、中学時代に戻ったみたいやわ」

利き手を怪我したというのに、彼はあっけらかんとした口調で言って、いつもの笑顔をこちらに向ける。

「後輩にめっちゃゴンタクレがおって、その子抑えるためにずっと左手に包帯巻いて、毒手やーって脅しとったんですよ……、って御釼先輩?」

その笑顔をまともに見ることができなくて俯いた私を、心配そうに覗き込んでくる白石君。

「……この手のことなら、先輩のせいやないですよ。避けれんかった俺が悪いんやから」

苦笑して、私の頭を怪我をしてないほうの手でぽんぽんと撫でる。

「でも、何で言うてくれへんかったんです?女子らにいちゃもんつけられとること」

言うてくれたら、俺がなんとかしたったのに、なんて呆れた顔をする彼に、思わず涙腺が緩みそうになる。

だからだよ。

言ったら貴方が気に病むだろうと思ったから。
だから言えなかった。
だから言えないと、思い込んでいた。

でも、本当は違う。
私自身が白石君と離れたくなかったから。
『雪の女王』なんて呼ばれて、誰も近寄りたがらない私にさえも、白石君は気さくに接してくれて。
彼の隣は暖かくて、居心地が良かったから。
でも彼にこの件を話してしまったら、自分で私は白石君の傍にいてはいけない存在なのだと認めてしまう気がして。
だから、言えなかった。

そして、そんな私の甘えが白石君を傷つけてしまった。



「……言ったら、纏わりつくのやめてくれたの?」
「え?」

これ以上彼と一緒にいたらいけない。
もし同じ場面に遭遇したら、彼はきっとまた同じように私を庇う。
自分のせいで誰かが傷つくところはもうみたくない。
だからこそ、私は心にもないことを口にする。

「あの場面見てたなら判るでしょう?あの人たちは私が貴方と一緒にいることが気に入らないんだよ」

感情を押し殺した瞳で彼を見据えると、白石君は罰が悪そうに顔を視線を逸らす。

「……もう、私に関わらないで。貴方といると私の平穏な日常が壊されるの」

そんな彼を視界に捉えたまま冷たく言い放てば、長い沈黙が2人を包んだ。



「……俺、迷惑でした?」

そんな静寂を破ったのは、白石君の小さな声。

「うん、すごく」

その問いに肯定を返すと、彼はそか、と眉尻を下げた。

「先輩のこと考えんと付き纏ってすいませんでした。……もう関わらんどくわ」

そう言って少し寂しげに微笑む彼は、どこまでも優しかった。



***


「白石君、ごめんね……」

迷惑だなんて嘘だよ。
今までありがとう。

彼が立ち去った後のドアを眺めて小さく呟いた声は、真っ白な空間に融けて消えた。



辿り着いた先は



(俺と離れる?)
(できるもんなら試してみぃや)




-21-


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