Gear


時間の流れというのは早いもので、5月ももう半ば。
ついこの間までほどよく暖かかった風は、既に夏の香りを運んでくる。
少しの運動ですら汗ばむようになってくると同時に、目の前にインターハイへと結びつく地区大会が迫ってきた。
私の属する弓道部も次の休みにそれを控えていた。

最終調整といわんばかりに、部の練習にも熱が入る。
けれどそれだけでは物足りなくて、私は他の部員が残った後も、ひとり練習を続けていた。

弓と四ツ矢を手にして、射位に立つ。
一連の動作ひとつひとつに神経を配りながら、的の中心に意識を集中させる。
一定の会をとって放せば、的が乾いた音を立てた。
後は同じ動作を、先ほどと同じタイミング同じ位置でできるように意識しながら3回繰り返す。
放った矢は全て的を射抜いてくれた。
呼吸を整えて射位から退く。
ふぅ、と深呼吸をしていると射場の入り口から拍手が聞こえた。
開け放したままのドアにもたれ掛かるようにして立っている長身。
私は手早く弓懸と胸当を外してそちらへ向かった。

「白石君、いつから居たの?」
「御釼先輩が2本目番えてるときくらいから?」

声を掛けると小首を傾げて返される答え。

「調子、ええみたいですね」
「大会近いから、調整しっかりしとかないと」

外に出たついでに矢取りに向かえば、白石君も話しながらその後をついてくる。

「そういえば、白石君レギュラー入りしたんだってね。おめでとう」
「なんや、知ってはったん?」
「学校中の噂で耳に入る」

事実、ここ最近は廊下を歩けば白石君が、という話題ばかりに遭遇した。
流石というかなんというか……。
当の本人は大したことではない、という涼しい顔をしているからまた驚く。

「先輩、まだ練習していかれます?」

鏃(やじり)についた泥を取って再び射場へ入ろうとした私に、白石君が尋ねてきた。

「いや、流石に今日は帰るよ」

一旦外に出たせいで集中力も切れてしまった。
こんな状態で射ても、きっとせっかく整えた調子を狂わせてしまうだけだろう。
そう判断して返した答えに、白石君は人懐っこい笑みを浮かべてとんでもないことをのたまった。

「ほな、一緒に帰りましょ」

ここで白石君の申し出を素直に受けたら、面倒なことになりかねない。

「……申し出はありがたいけど、今から片付けあるから」

夏の虫のように飛んで火に入りたくはないので、適当な言い訳を探して断ろうとすれば、

「片付けやったら手伝いますよ」

再びありがたいようなありがたくないような答え。

「いや、それは申し訳ないから……」
「気にせんで下さい。ちゅうか、御釼先輩ひとりで片付けとって、これ以上遅くなっても心配やし」
「え?」
「夜道で女の子の独り歩きは危険ですやろ?」



その後も暫くの間、「問題ない」「あかん」「大丈夫」「だめ」などと言葉の応酬を繰り広げていたが、結局白石君と一緒に帰ることになってしまった。
しかも有言実行できちんと片付けまで手伝ってもらってしまったし。

この事実がファンクラブとやらに知れたら、私ただじゃすまないだろうな……。
そう考えると気が重くなってつい大きな溜息が漏れてしまう。

「御釼先輩?疲れてはるん?」

それを聞きとがめた白石君が心配そうにこちらを覗きこんでくる。

「いや、ちょっと明日の我が身の危険をね……」

遠まわしに、やっぱりやめようかと伝えると、白石君はこちらの考えを悟ったのか、あぁとひとつ頷いた。

「誰かに見られるの、気にしてはるん?それやったら大丈夫やって。とっくに部活終了時刻も過ぎとるし、校内残ってるのなんて俺らくらいですやろ」

言いながら私が手にしていた鞄をひょいと持ち上げて、引いている自転車の前かごに入れる。

暗くなったから家まで送るとか、荷物を運んでくれるさりげなさだとか、こういう紳士的なところも彼が人気を集める理由のひとつなのだろう。

「そんな心配してへんと、早よ帰りましょ」

足を止めていた私にそういって、白石君が歩き出す。
荷物まで持って貰っているから離れるわけにもいかず、彼を追いかけて隣に並べば、白石君は満足げな笑みを返して、私の歩幅に合わせてくれた。



***


初夏にしては少し冷たい夜風が、木々を揺らす。

その中でも一際大きな音を立てて揺らぐ銀杏の下に佇む人影があることに、彼女は気づかなかった。



歯車が廻り出す



(全ては俺の思うがままに)



-15-


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