「忍足、おめでとー」
「おぅ」
「謙也君、おめでとうっ!」
「おおきに」
今日は俺の誕生日。
廊下ですれ違いざまに声をかけてくれるコに、手をあげて答えたり。
教室にプレゼントを渡しに来てくれるコに、笑顔を返したり。
「謙也、誕生日おめでとさん」
「おぅ」
来月に控えた、目の前にいる白石の誕生日ほどやないけど、四天宝寺内ではそれなりには騒がれる日やったりする。
せやけど。
「はぁ」
「何やその溜息。俺からのプレゼント、いらんやったら返し」
「いる」
さっき渡されたスイーツ消しゴムセットを奪い取ろうとしてくる白石から、それを守りつつ、もう1度溜息。
「……何やねん、その落ち込み様。今日が誕生日のヤツとは思えへん表情しとるで?」
「別に、落ち込んでへんわ」
それに、みんなが祝ってくれるんもめっちゃ嬉しい。
せやけど。
イマイチ物足らん。
「……五十鈴川さんのことか」
「!」
気になっとるコの名前を言われて、思わず突っ伏しとった机から顔を上げると、白石は「図星か」と呆れたように笑う。
五十鈴川さん。
8組の女子で、去年の春に転校して来たコ。
廊下ですれ違った際に、俺が一目惚れした相手。
「彼女に祝われたいんやったら、8組行って誕生日アピールして来ればええやん」
「そんなん、ただの目立ちたがりやん」
生憎、俺と五十鈴川さんとの接点はゼロ。
印象悪なるようなことはしたない。
「やけど彼女、間違いなく今日が謙也の誕生日やって知らへんで?」
「う゛……」
さすが聖書。
痛いトコをついてくる。
「ちゅうか、謙也の存在すら知らんかもな」
「それはあらへんっ! ……ハズや……多分」
俺ら四天宝寺テニス部レギュラーの知名度は高い。
が、レギュラーという一括りで扱われとる部分もあるから、個々の知名度にはバラつきがあるのも確かで。
白石みたいに、俺の名を知らんヤツはおらんと言い切れんのが情けない。
「白石君」
「あ、五十鈴川さん」
噂をすれば何とやら。
五十鈴川さんがウチのクラスにやってきた。
ちゅうか。
「白石、自分知り合いやったんか」
「まぁ、新聞部の関係でな」
「……どうかした?」
小声で白石に抗議しとると、五十鈴川さんが訝しげな顔で訊いてくる。
「何でもないで。五十鈴川さんこそ、どないしたん?」
「新聞部に依頼されてたもの、纏めてきたから渡そうと思って」
「わざわざおおきに」
白石にレポート用紙を手渡しながら微笑む五十鈴川さん。
その様子をぼんやりと見詰めとれば、俺の視線に気づいた彼女が、会釈する。
あかん……。
めっちゃ可愛え。
「あ、せや五十鈴川さん。こいつ俺と同じテニス部員で忍足謙也っちゅうんやけど、」
思わず頬を染めた俺を見て、白石はニヤリと笑うて、五十鈴川さんに話題を振る。
「今日誕生日なんに、めっちゃ憂かない顔ばっかしとってなぁ。見るに堪えんから何か言うたってくれへん?」
って、なんちゅう話題の振り方やねんっ!
まるで俺が誰からも祝って貰えへん可哀相なヤツみたいやんか!
「そうなんだ。忍足君、誕生日おめでとう」
白石に文句言うたろうと口を開きかけた俺に、五十鈴川さんが笑顔を向ける。
「お、おおきにっ、」
白石に言われたからなんやろうけど、彼女の口から「おめでとう」と言って貰えたんが、めっちゃ嬉しくて。
身体中が熱くなる。
「プレゼントらしいものはないんだけど、良かったらこれ、どうぞ」
申し訳なさそうに眉を下げて、彼女が差し出してくれたのは。
「飴ちゃん?」
「うん。ごめんね、こんなものしかなくって」
「や、めっちゃ嬉しいわ。おおきに」
五十鈴川さんから何か貰えるなんて、思うてへんかったから、尚更。
彼女の手から飴ちゃんを受けとると、五十鈴川さんは「またね」と微笑みを残して自分のクラスへと戻って行った。
欲しいモノは
君からの祝福
その日の放課後。
(はぁ、五十鈴川さん……)
(……部長、謙也さんどないしたんです?ずっと飴玉見つめとって、めっちゃきしょいんスけど)
(あれなぁ……かくかくしかじかでなぁ。ホンマそない好きなら早よ告れっちゅうんに)
(ま、しゃーないっすわ、ヘタレやから)
(やな)
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