ヴー、ヴー……

「んあ? 財前、お前のケータイ鳴ってんぞ?」
「あ、スマン」

U-17合宿。
崖の上での野宿から、寄宿舎でのまともな生活に戻って2日め。
それまで圏外で使いモンになれへんかったケータイが、しばらくぶりに音を立てた。

長いバイブ音で電話やとわかるそれを手にとれば、ディスプレイには彼女の名前。

「電話? 相手誰? カノジョ?」
「……ちゃう。義姉さんや」

興味津々な顔して絡んでくる切原に嘘をついて、部屋を出て、留守番サービスに切り替わるギリギリで通話ボタンを押した。

『もしもし、光君?』

通話口から、聞こえるひなさんの声。
久しぶりに耳にした柔らかな音が、自分の名前を呼んでくれたことに、自然と口元が綻ぶ。

『さっきはメールありがとう。全然連絡とれなかったから、心配したよ』

ひなさんに連絡する間もなく、ユウジ先輩にココへ連行されたため、音信不通期間は2週間に及ぶ。

この合宿断ったんも、めんどくさいのが3割で、7割はひなさんに会えんくなるのが嫌やったからなんに。

「ホンマすんません。連絡したくても電波なくて……」
『電波ないって、どこで強化合宿してるの?』
「めっちゃ山奥? とりあえず一応日本のどっかなんは間違いないです」

散々電車乗り継いだ上、ケモノ化したユウジ先輩と迷いに迷ったため、最早ココが関東なんか関西なんかもわからへん。

愚痴交じりにそう答えれば、電話の向こうで、ひなさんが驚嘆の溜息を漏らす。

『なんでまたそんな山奥で……。あ、肺活量強化のためとか?』
「さぁ?」

俺は、ただ単に最新設備を整えた巨大な施設を作れる土地が、都市部にはなかっただけなんやと思うとったけど。

『最新設備? なんかすごそうだね、その合宿』

素直な感想を述べれば、ひなさんは、興味深そうに訊いてくる。

「まぁ高校生以下とはいえ、日本代表育成のための施設やから」
『どんなトレーニングするの?』
「そうっスね……、例えば、ロッククライミングしたり、襲ってくる鷹の群れから逃げたり、全員ででっかい落とし穴掘らされたり……」
『……光君、君、何の合宿行ってるの?』
「テニスです」
『それに、ついさっき最新設備があるとか言ってなかった?』
「えぇまぁ。俺がその最新設備のあるホンマの合宿所着いたん、昨日なんで。それまでは、破天荒なじいさんに、めちゃくちゃなサバイバルトレーニングさせられとったんですわ」

今は、トレーニングマシンとか使ったりして筋力強化とかしとります。

そう答えたら、ひなさんが安心した風に微笑む気配。

「と、まぁこんな感じで何とかやってますんで、あんま心配せんどいて下さい」
『ん、了解。あ、そういえばその合宿、いつ終わるの?』
「予定では、2、3週間やったと思います」
『まだ結構あるね……』

電話越しの声が、少し沈んだ。

「合宿終了したら、真っ先にひなさんトコ行きますんで、安心して下さい」
『ありがとう。合宿、頑張ってね』
「はい。ひなさんに逞しなった姿、見せられるようにしときますわ」

柄にもないことを言うと、ふふ、と声に出して笑うひなさん。

『楽しみにしてるね』
「ほな、」
『あ、』

おやすみなさいと通話を終わらせようとした寸前、何かを思い出したかのように、彼女の声があがる。

「どないしました?」
『あの……ね、光君が合宿中、またこうして電話しても、いい、かな……?』

会えないなら、せめて声だけでも聞きたくて。

躊躇いがちに紡がれた言葉に、胸にじんわりと暖かさが広がる。

「……勿論、ひなさんからなら大歓迎ですわ」
『ありがとう、光君』

僅かにトーンが上がった声に、電話の向こうで照れ笑いを浮かべとる彼女の顔が想像できた。

「……それに、俺からも掛けます。俺もひなさんの声、聞きたいんで」

率直に自分の気持ちを伝えると、電話口から、微かに息を呑む音。

『ん、待ってるね』

耳元に響く声は、さっき以上に照れが滲んどった。

「ほな、おやすみなさい」
『おやすみ』

ピ、と音を立てて通話が切れる。

ケータイを閉じて、ポケットにしまうと、穏やかな気持ちで宛がわれた部屋に戻った。



君の声
聞きたくて




(……やっぱお前、さっきの電話、カノジョだろ)
(やからちゃうって)
(嘘つけ。さっき帰ってきた瞬間、めっちゃ幸せそうな顔してたじゃん)
(俺はいつも通りや)
(今はなっ!でもさっきは……、なぁ日吉!)
(煩い。いいから早く寝ろ)





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