「お先に失礼しまーす」
「気をつけてねー」

週末の繁華街。職場の同僚たちに別れを告げて、ひとり駅へと向かう。
若い女性だけで開かれた飲み会は、なんだかんだで23時を回って漸く解散となった。
やっぱり、恋愛話ってどうしても盛り上がってしまうものなんだなと改めて実感。
かくいう私も彼氏がいるため先輩後輩同僚問わずいろんな人から質問攻めにされた。

「はぁ……」

切符を買って駅の構内で携帯を見る。
先ほどの会で話題になった彼氏の話。
多くの同僚は毎日のように電話やメールのやりとりをしているというのに、私と彼は付き合い始めた学生時代はともかく、お互いに就職してからはそういったやりとりはほとんどない。
ここ最近は2、3週間音信不通なんてこともあったくらいだ。
自分たちの関係を他人と比べるつもりはないけど、そういう話を聞いてしまうと、着歴どころかメールの1通も届いていないとつい溜息が漏れてしまう。

『ソレって、先輩への愛が冷めてきてるんじゃないですかぁ?』

呑んでる最中に何気なく後輩に言われた言葉が脳内に甦る。
あの時は聞き流せたけど、こうして人気の少ない駅にひとり佇んでいると、ひどく現実味を帯びて、本当に彼女の言うとおりではないのかと、彼にあらぬ疑いをかけてしまう自分が悲しい。
思い切って電話してみようかな。

「やったもん勝ち、勝ったもん勝ち、だよね」

覚悟を決めて、ペア登録してあるボタンを押す。
コール音が1回、2回、3回……。

『只今電話に出ることが、』

繋がったと思ったら留守番電話サービスだった。

「仕方ない、か……」

忙しい仕事だからきっと疲れてもう寝てるのかもしれないし。

「はぁ……」

時間も考えずに電話したのが悪かったと思うけど、それでもやっぱり本音を言えば出て欲しかった。
後輩の言葉を聞いた後だと、逢いたいと思っているのは私だけなんじゃないかと不安になってしまう。

ヴヴヴヴヴヴ……

本日何度目かの溜息をついた瞬間、カバンにしまった携帯が震えた。
慌てて取り出してディスプレイを確認すると、

【白石蔵ノ介】

と、先ほど電話をかけた彼氏の名前が表示されていた。

【すまん、とりそびれてしもた。なんやった?】

メールを見るなり私は、返信するのももどかしくて即座に電話をかけた。
すると、今度はコール音なしで通話が繋がる。

『もしもし?』

電話口から聞こえる蔵の、低めで柔らかなトーン。

「突然かけちゃってごめんね」
『気にせんで。ひなからならいつでも構へんから』

久し振りに話す彼は相変わらず私に甘い。
それにただ声を聞いてるだけなのに、さっきまで後輩の言葉で不安になっていたのが嘘のように、愛しさばかりがこみ上げて来るから不思議だ。

『しっかし珍しいな。ひなからこないな時間にかけてくるなんて』
「そうかな?」
『せやで。やからなんかあったんかと思って』

心配で慌ててメールしたんやという蔵に思わず笑みがこぼれる。

「特に用はないの。けど、今まで女子会してて彼氏の話題で盛り上がってて。そしたら急に蔵の声、聞きたくなって」

「ごめんね、こんな時間なのに」と謝れば、蔵は電話口でも分かるくらい苦笑して、「ひなならええいうとるやん」と返してくれた。

『……ごめんな、最近仕事ばっかで』
「え?」

電話の向こう側で、蔵の声が急に沈んだ。

『ひなの休みに合わせて休暇とることもできひんし。そのせいで逢うにも逢われへんし。なぁ、ひな。俺、お前を不安にさせたりしてへん?』

突然の謝罪に思わず問い返せば、さっきまでの自分を見透かされたような蔵の言葉に、私は二重に驚かされた。

「……大丈夫だよ」

全く不安にならないと言ったら嘘になる。
今日みたいに他の人たちと自分の状況を比較してしまうコトだってある。
だけど。

「蔵の仕事は今が一番大変な時期でしょう?生活していくうえで仕事は大事だもの」
『確かに、それはそうやけど』
「それにね、蔵は離れててもちゃんと私のこと考えてくれてるってわかったから」

休みを取れなくて辛いのは仕事で疲れてる蔵のほうだろうに、それでも私を不安にさせてないかと気遣ってくれる。

「それだけで、私は十分すぎるくらい幸せ者だよ」
『……ひなはホンマに謙虚やなぁ』

携帯から聞こえてきたのは、感心したような、けどどこか残念そうな蔵の声。

「謙虚なんかじゃないよ。さすがに今やってる仕事にひと段落着いたら多少は時間とって欲しいなって思うし」
『ハハ、それくらいは思って貰わな俺が寂しいわ。今だって声聞いてるだけで逢いたなってきとるっちゅうんに』
「ふふ、」
『どしたん?』

逢いたいの一言に嬉しくなってつい声に出して笑えば、蔵がきょとんとして訊ねてくる。

「私もおんなじこと思ってたの。蔵に逢いたいなって」
『良かったぁ。ひながあんましにも聞き分けええから、逢いたい思てるんは俺だけかってちょっと不安やったわ』
「それを言うなら、私だって。いつも私からしか連絡しないから、蔵は逢いたくないのかなって思ってた」
『んなことあるわけないやろ。後にも先にも俺が好きなんはひなだけなんやから』

さらり、と恥ずかしい台詞を言われて顔中に熱が集まるのを感じた。


ピンポンパンポーン


それと同時に構内アナウンスの合図が流れた。

『まもなく列車が参ります、』
『ん?ひな、今どこおるん?』

アナウンスが聞こえたのか、蔵が訊ねてくる。

「え、あ、駅だよ。さっき言ったじゃない、飲み会だったんだって」
『せやったな。駅はJR、地下鉄?』

JRだと答えれば、蔵はふうんとひとり納得していた。

「で、今から電車に乗るから。悪いんだけど一回切るね」
『ん、わかったわ。またあとでな』
「うん」

電車降りたらもう一回掛けなおそう。
そう思って家の最寄り駅まで、最終電車に揺られていた。


***



いつもなら睡魔との闘いに苦戦する電車の中も蔵に電話したいと逸る気持ちのせいか、全然眠くならなくてたった十数分の乗車時間がもどかしくて仕方なかった。
最寄駅の改札を抜けて、いざ電話をしようと携帯を探していると。

「おかえり、ひな」

機械を介していない、蔵の声。
驚いて顔を上げれば、そこには白石蔵ノ介その人の姿があった。

「えっ、蔵っ!?」
「え、やないやろ?」

「帰って来たら何て言うん?」なんて、子どもを叱る親みたいに言うから、私は混乱しながらも「ただいま」と返した。

「ようできました」

心底嬉しそうに微笑んで、私の頭を撫でる蔵。
私は混乱が収まりきらずに、久し振りに見る彼の顔を瞬きしながら何度も見返した。

「そないに驚かんでもええんちゃう?」

呆れたように苦笑して、蔵が言う。

「俺、電話で言うたやんか。またあとでなって」
「いや、あとでって、あとで掛けなおしてって意味かと思ったもん!」

しかもそれ以前に忙しくて逢えないだろうなってこっちは思っていたんだから、驚いても仕方ないと思う。
「せやけど、ひなが俺に逢いたいって言うてくれたやんか」
「う、まぁ言ったけど……」

こんな遅くにわざわざ来てもらうとか、なんだか申し訳なさすぎる。

「気にせんでって言うたやろ?俺かて俺がひなに逢いたかったから来てるねん。アカンかった?」

端正な眉根を下げて、しゅんとする。

ずるいよ、蔵。
私が蔵のそういう顔に弱いって知ってるくせに。

「あかんく、ないよ。むしろ嬉しい……」

正直に言うのが何故だか恥ずかしくて、俯き加減で答えると、蔵は綺麗に笑った。

「せやろ?俺はひなに逢いたい。ひなも俺に逢いたい。なら逢ってしまえばええんやって思てな」

テニスをしていたときみたいな蔵のしたり顔。
本当に蔵は私を甘やかすのが得意だ。

「でも、蔵良かったの?明日も仕事でしょう?」
「ええよ。ちょっと早よ起きてひなんちから向かうから」

泊めてくれるやんな、の一言に今度は私が苦笑する番。

「私が蔵を追い返す訳ないでしょう」
「ほな、帰ろか」

にこやかに笑ってくれた蔵と手を繋いで駅のロータリーに停めてある彼の車に乗った。

「……勝ったもん勝ち、か」
「ん、何か言うた?」
「なんでもない」
今日の場合は「(電話)かけたもん勝ち」ってとこかな。
そんなことを思いながら、蔵の車の中で私は意識を手放した。



逢いたいキモチ
相互通行

それは
シアワセ

なのです




(あーあ、寝てしもたな)
(今やっとる仕事キリ着いたら一緒に住まへんかって訊きたかったんに)





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