「白石ー、こっち」

所謂花金。仕事を定時で切り上げて向かった、雰囲気のある個室居酒屋。
店員に上着を預けていると、先に来ていた五十鈴川が、通路にひょこっと顔を出した。

「悪い、待たせたな」
「んーん、たまたま営業が早く片付いたからさ」

それよりも座りなよ、と促す彼女とは高校からの付き合い。

「しっかし、久しぶりやな、五十鈴川の方から呼び出すなんて。今回は仕事? それとも恋バナ?」
「どれだと思う?」

高校からの付き合いやけど、べつに特別な関係ではない。
気の合う友人で、昔から互いの恋愛事情であったり、バイトや仕事の愚痴なんかを言い合っていた。

「両方?」
「さっすが白石。ご明察」

そう言って彼女は、素面なのもなんだから、と店員を呼んでアルコールを注文。
すぐに持って来てくれたビールジョッキで軽く乾杯。

「で? 何があったん?」
「もーさー、色々やってらんないのよ」

アルコール耐性の低い五十鈴川は既に酔いはじめたらしく、目が据わってる。

「なんかまた今度後輩ちゃんが結婚するらしいし、仕事の成果も認めらんないし」
「前、合コン行くとか言うてへんかった?」
「よく覚えてんねー。ひと月くらい前のでしょ。行ったけどさー、もうダメなんよ。アラサーは年増扱い」

出会いどころか逆に気分害したわ、とジョッキを卓に叩きつける五十鈴川。

「会社の後輩が企画したんやろ、それ。同年代のやつのに乗ればええんちゃう?」
「それが同期はほぼほぼ相手決まってるし、大学ん時の友達もあらかた結婚しちゃったの!」
「高校とかその前は?」
「その頃の友達とは殆ど連絡なんてとってないよ。高校時代の友達で唯一付き合いあるの、白石だけだもん」

そうなんや、と気のないフリして返すけど、内心少し嬉しい。

「てか白石は? アンタ私なんかに付き合ってていいの?」
「ヒトを呼びつけておいてその言い草はないんちゃう?」

顔を赤らめはじめた五十鈴川に、苦笑を返す。

「だって何か今日の服装だって気合い入ってない? 好きなコとか彼女いるんだったら断ってくれてもいーのよぅ」
「別にいつもと変わらんで? てか酔い回んの早すぎ」

絡み癖の出て来た五十鈴川を宥めながらも、正直驚く。
会社を出る時、身だしなみには随分気を遣った。できるだけいつも通りに見えるように。

「嘘だぁー。だって前はそんなストーン入ったタイピンしてなかったじゃん」

長い付き合いのせいか、こんな些細な違いさえも見抜かれてしまう。

「どーせ誰かから貰ったんだろー」
「ちゃうって。シャツ新調した時にたまたま目に入ったんを買うただけやって」
「とかいって、だったらやっぱ好きなコいるんでしょー。気を引くためなんでしょー」
「アホか。そんなんおったら真っ先に五十鈴川に話しとるわ」

……というのは嘘。
五十鈴川の言う通り、俺には好きなやつがいる。
やけど、今回ばかりは五十鈴川には話せない。
何故なら。

「とーぜんですぅ」

俺が好きなのは目の前で口を尖らせてる五十鈴川本人なんやから。

「はなしてくんなかったら、ゼッコーだかんねー」
「わかってるって。ちゅうか、ホンマ今日荒れすぎやで」

呂律すらも怪しくなってきた彼女をたしなめつつも、その言葉によるショックを飲み込んだ。

やっぱしな。
五十鈴川の中には俺という選択肢はない。

……まぁ、こいつに対する想いを自覚した時、俺も随分驚いたしな。
五十鈴川の中では友人にすぎない俺が、恋愛対象から外されるのも仕方ない。

そう覚悟はしていたけれど、やはり直接それをきいてしまうと、胸は痛む。

「あれてないもーん。今日はとことん呑むわよー。つきあえ白石ぃー」
「はいはい。とりあえず次はノンアルな。いっぺん落ち着き」
「むぅ……」

熱っぽく蕩けた眼差し。
こんな風に無防備な姿晒してくれんのも、彼女の中の俺が友人にすぎないからなんやろう。

「……なぁ五十鈴川」
「んー?」
「俺が……、」
「……どした、白石?」

その先を言い淀んでいると、五十鈴川は訝しげに目をしばたたかせた。

「いや、やっぱ何でもない」
「そ? ならいいけど」

その眼差しに、言葉の続きを飲み込むと、五十鈴川はあっさりと興味を失ったように、ジョッキの残りを煽った。




It's A Taboo




(“好き”と言えないのは、告げてしまえばこの関係さえも終わってしまうことを知ってるから)





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