春の穏やかな風に揺れる、まだ5分咲きといったところの桜の下を、よたよたと進む。

「確かこの辺……」

両腕で抱きかかえた荷物に狭められる視界の中で、目的の人物を探すと。

−−いた。

ひときわ立派な桜の木の下に、大きなレジャーシートを広げて退屈そうに欠伸を噛み殺してる彼を見つけて、思わず苦笑。

……朝苦手だもんね、財前君。

お花見の席取り役を決めるジャンケンに負けた時、ぶつくさ文句を言ってた顔を思い出す。

でも、ちゃんとこうして1番いい席を取ってくれるあたりも財前君らしい。

「財前君、お待たせ!」

このまま放っておくと、うたた寝しはじめそうな彼に声をかけると、切れ長の瞳を少し見開いて駆け寄ってきた。

「何でこんな大荷物持っとるんスか」

危なっかしい、と私の腕の中からひょいっと紙袋を奪う。

「重……。こんなん持ってるんやったら公園の入口ついたとこでLINEくれたらよかったのに」
「いや、席取り役があんま離れちゃダメかなって」
「こんなデッカいレジャーシート敷いてるとこ、だれも後から奪ったりせんでしょ」

先輩、変なとこで律儀すぎ、と、呆れ顔の財前君の隣に腰を下ろす。

「ちゅうか何です、この重たい荷物?」
「お花見といえば決まってるでしょ。お弁当だよ」

ただし、張り切りすぎて多分人数分の1.5倍くらいあるけど。

「ちゃんと食べて貰えるかなー」
「ま、ウチには食欲の権化みたいなゴンタクレもおるし、ちょうどええんとちゃいます?」

と、私の心配をよそに、傍に置いた紙袋を覗き込む財前君。

「ちゅうかそんな量あるんやったら味見させて」
「ダーメ。それはみんながきてから」

こっちが是とも否とも答える前に、既に重箱の蓋を開けてる財前君を制止する。

「やけど俺、朝早よからここにおるから腹減ってんスわ」
「そういうだろうと思ってたから、はい」

ゴネる財前君の目の前に、事前に用意しておいた白玉ぜんざいのカップを置く。

「財前君好きでしょ、これ」

割と種類の増えたコンビニのぜんざいの中でも、多分彼が1番気に入ってる……と思われるやつ。
本人からそうきいた訳じゃないから確信はないけれど。

「美味しい?」
「まぁ」

返されたのは素っ気ない相槌。
だけど、黙々とぜんざいを口に運ぶ彼の様子からするに、私の選択は間違ってなかったようだ。

あんまり表情も動かさないし、言葉数も多くはないけど、ちょっとした雰囲気の違いで彼の機嫌を推し量れるようになったのは、つい最近のこと。

……私と2人きりなのも嫌ではないみたい。

それがわかっただけでも、他のメンバーより早めに来た甲斐があった。

なんて思いながら財前君を見つめていたら、視線が嫌だったのか、ふいと顔を背けられた。

「あ、」

思わず声を出してしまったのは、そんな彼の頬に生クリームがついてるのを見つけてしまったから。
子供っぽくて可愛い、なんて言ったら怒られるかな。

「え、どこスか?」

少し照れた様子の財前君に、そのままでと言い置いて、指先でそれを拭う。

「あ、甘い」

指先についたクリームを舐めれば、ほんのりとした甘さが口に広がる。

今度私も買ってみようかな、なんてことを考えていたら、目の前で盛大な溜息。

「どしたの、財前君?」
「……ひな先輩、」

急に真面目な雰囲気になった財前君に驚く間も無く腕を引かれ、気がついた時には彼に抱きすくめられていた。

「そーいうことすんの、やめてもらえます?」
「へ、えっ!?」

財前君の言う“そーいうこと”がわからないのと、今の状況とで、頭は戸惑うばかり。
慌てふためく私を、財前君の腕がより強く抱き締める。


「ただでさえ、ひな先輩のこと好きすぎてどうしようもないんに」


耳元で響く言葉に、心臓が跳ねる。

「え、ウソ」
「ウソやないわ」

反射的に返した言葉に、少しぶすくれた口調で答える財前君の体が熱い。

……低体温だって言ってたのに。

それはさっきの言葉が偽りではないという動かぬ証拠。

「やから、そーやって思わせぶりなことされると、こうして理性効かんくなる」

嫌やったら逃げてください、という言葉とは裏腹に私を抱く腕の力は緩まない。

「嫌じゃないよ、財前君なら」

そう告げて、細身なのに意外と広い背中に手を回す。

驚いたように跳ね上がった財前君の顔が、朱に染まっていたのは、私の心の内に留めておこう。



花よりも
何よりも

キミが好き





(白石ぃー、なんで目隠しするん?)
(金ちゃんの目には毒やからや)
(えー、何がぁ? ちゅうかワイ、早よひなの弁当食いたいわー)
(あかんで金ちゃん。今出てったら馬に蹴られるで)
(ちゅうか財前に視線で射殺されるわ……)





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