カリカリカリ。
階下のリビングから、年越しの特番の音と家族の笑い声が聞こえる中、私の部屋に響くのはシャーペンがノートを削る音だけ。
今日くらい家族団欒の輪に加わりたい衝動に駆られるけれど、そんなことをしたら2週間後のセンター試験が悲惨な結果になってしまう訳で。
そしたら光と離れ離れになっちゃうもんね……。
テニス部で実績を残してた彼は早々に推薦で志望校合格を決めた。
対する私は帰宅部だし、成績もいたって平均。
そんな私が光と一緒にキャンパスライフを謳歌したいってのは贅沢すぎる望みなのかもしれないけれど。
ヴー、ヴー。
そんなことを考えてると、机の上のケータイが震えた。
ロック画面に表示された名前は財前光の3文字。
噂をすれば影とはこのことか。
そんなことを思いながら、慌てて通話ボタンを押すと。
『もしもし』
聞き慣れた低音。
冬休み入ってから会えてなかったから、なんだか懐かしく感じてしまう。
『五十鈴川、聞こえとる?』
「あ、うん、ごめん聞こえてるよ」
『今、どこおる?』
「え、フツーに自宅で勉強。光は?」
『五十鈴川んちの近くのコンビニ。今出られる?』
予想外の答えに生返事を返して、大慌てで身支度を整える。
「ちょっとコンビニ行ってくる!」
リビングから顔を出した家族に、それだけ言い残して猛ダッシュ。
出来る範囲の全速力で駆けつけると、ダークグレーのピーコートに身を包んだ光が立っていた。
「めっちゃ息上がってるやん」
「や、だってこんな走ったの久しぶり……」
肩で息する私に、こっちの方がええかと彼が差し出してくれたのはペットボトルのお茶。
ありがとうと受け取って、一気に飲み干す。
「今日はどうしたの?」
漸く呼吸も整ってきたところで、ずっと抱えてた疑問をぶつける。
「今日、大晦日やん」
「うん」
「あと少しで年変わるし、こーいう日くらい一緒にいてやってもええかな、と」
「……つまり、一緒に年越しするためにわざわざ会いにきてくれたの?」
「……おん」
そっぽを向いた光の耳が赤いのは、多分目の錯覚ではないだろう。
ありがとう、とお礼を言うと、ん、という完結な返事。
「あと、これ」
す、と差し出された彼の手には缶のおしるこ。
「年明けまでまだ少し時間あるから」
「ありがとう」
受け取って、一口飲むと、程よい甘さが口の中に広がる。
「美味しい」
「そか」
「来てくれて、ありがとう」
「おん」
隣に並んでとりとめのない会話。
光の横顔を眺めながら話す私とは対照的に、光は右手のケータイを気にしてる。
「何みてるの?」
「2015年が残り何分か」
「因みにどんなけ?」
「あと、20秒」
「マジっ!?」
「おん。……10、9、」
隣でカウントダウンを始める光。
「「8、7、6、」」
私も小さな声で光に合わせる。
「「5、4、」3」
光の声だけ聞こえなくなって、どうしたのかな、と思った瞬間、顎を持ち上げられて。
「1、」
目の前で掠れた低音。
ゼロは音の変わりに、唇に触れた柔らかな感触。
多分時間にすればほんの一瞬だったんだろうけど、私の顔を真っ赤にするには十分すぎるほどで。
「あけましてオメデト」
したり顔した光に、小さくバカと返した。
A Happy New Year!
(これがしたくて呼び出したの……?)
(しゃーないやろ、会いたかったんやから)
(しゃーないやろ、会いたかったんやから)
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